びぼうぶろぐ。

基本的に自分の備忘録のためですが、同時にどなたかのお役に立てればと思いながら書いています。

「ハンナ・アーレント ー屹立する思考の全貌 」森分大輔

ハンナ・アーレント ー屹立する思考の全貌 」森分大輔

前のブログにも書いていましたが、
時間があるのでハンナ・アーレントについての本を読んでいました。
この方は、私の中では全体主義の分析をしていた方、というイメージ
(だから社会学者と思っていた)だったが
カントの解説本で、「対話」を重視されていた哲学者、という風に書かれていて
ちょっと興味を持っていました。

とはいえこの方、いろんな本を書かれているのでどれを読んでよいのかわからない…
というわけで著書全体を通して分析している本を読んでみました。

この本はアーレントの思想の変遷を書くことが目的で、
著書それぞれの解説はエッセンスだけですが、
それだけでも十分読みごたえがありました。

筆者によると、アーレントの哲学は「手摺(てすり)なき思考」と言われるそうです。
その意味するところは、既存の哲学や思想にとらわれないで、現実の問題に立ち向かう姿。
彼女はアイヒマンヒトラーの側近)裁判に関する著書が有名で、
その内容は多方面から批判も受けているが、その時も動じていない。
そういう強さには惹かれるものを感じました。

それから、彼女は既存の哲学者のように、自分の内面に閉じこもることをせず、
自分の経験、他者との対話から哲学している。
それがとても人間味を感じました。
(ただ、理論展開は強引なものも感じますが、、…)

というわけで印象に残ったところを書いてみます。
(ほぼ自分の理解のために書いているので、長いです)

アーレントの哲学
 筆者は、アーレントの哲学の態度の特徴として、以下の三つを挙げる
 ・既存の思想や特定の立場に縛られない
  …たとえばアイヒマン裁判の本では、
  「かわいそうなユダヤ人と極悪のドイツ人」という、世間の裁判に期待するイメージに流されず、
  ユダヤ人も批判しているし、ナチスを戦中批判していた人も冷淡な態度をとる。
  そういうどの立場にも忖度しないものが、彼女の本にはある

 ・思索に閉じこもる態度を批判し、経験や他者との関わりを重視する
  彼女は
  「思考の主題とは、経験だけです」
  「政治思想家が自らの体系を構築し始めたら、常に抽象概念を扱うだけになる」
  と言っている
  いわゆる哲学者って、抽象だけ扱い、自分の世界に閉じこもる…というイメージがあるが、
  彼女はそういう態度を批判する。

 これらの特徴は、彼女自身の生涯にも関係している。
 たとえば、最初の「特定の立場にとらわれない」あり方は、
 彼女がユダヤ人であることも関係している

 彼女は1900年代にドイツに生まれる
 当時ナチスはまだ出現していないが
 すでにユダヤ人への差別があったのか、ドイツの大学を卒業後、アメリカに出国している

 彼女はアメリカに出てから、差別を受けているユダヤ人がどう立ち居振る舞いをしているかを観察していて、
 それを二作目の「ラーエル・ファルンハーゲン」に書いている。
  
 この本によると、当時のユダヤ人は、
 ・ユダヤ人として差別を受けることに甘んじる
 ・特異な才能を発揮して一目置かれる
  (これは、ちやほやされ、道化になることも意味する。
   当時のヨーロッパ上流社会の人は、ユダヤ人に寛容であることが「俺は啓蒙主義を分かっている」アピールにもなったそうで
   ヨーロッパ社会に帰化したユダヤ人は、彼らの偽善的啓蒙主義に利用されている、という一面もあったらしい。
   アーレントは、そういう、当時の啓蒙主義の偽善的な面も、この本に辛らつに書いている)
 ・女性の場合貴族と結婚して帰化し、ユダヤ人との交流を絶つ
  …のどれかしか選択肢がなかったそうです。
  帰化すれば社会的地位は確保されるが、自由はない。
  ユダヤ人として生きれば自由はあるが、幸福ではない。

 その中でラーエルさんというユダヤ人女性は、最初は貴族と結婚して帰化する野心を持っていた
 (アーレントはそういう野心には批判的)
 しかし最終的に、貴族ではない平民のドイツ人と結婚し、ユダヤ人との交流は保つ、 
 という自分らしい生き方を選んだ。
 その姿がたぶんアーレントにも印象的だったのだろう。

 (もちろんラーエルさんはそれまでに挫折などもあり、
  貴族との結婚を破棄されるなどの経験もしている。
  一方、アーレントハイデガーと付き合っていたが捨てられた経験もあり、 
  それが自分と重なった、というのもあるみたいです)

 アーレント自身も、彼女と同じく、何事にも動じず、何物にも動かされず自分を貫く、
 というスタイルをその後貫いている。

 それから、
 「うちに閉じこもらず、経験を重視する」のはほかの哲学者からの影響がある。

 彼女は学生時代、当時大学にいたハイデガーと不倫関係にあり、
 一方でカール・ヤスパースに師事していた
 それから、ハイデガーと同じ大学にいたフッサール現象学の人)の講義も受けていた
 
 ハイデガーに対しては、彼の哲学の態度を「世界疎外」と呼んで批判している 
 彼の哲学では、「人間は、死により実存を意識するのだ」と考える。 
 そういう姿勢は、アーレントにとっては、自己中心的、傲慢に見えていたようです。
 つまり、「自分」だけを「人間の本質」を考える特別な存在だとしている、
 自分を日常や他人と切り離している、と。

 ただし彼女の博士論文(1作目「アウグスティヌスの愛の概念」)には
 人間を神への愛に導くのは死への意識と良心、というくだりがあり、ハイデガーの思想の影響も見える。

 (ちなみにハイデガーナチスと関わっていて、政治的野心もあり、
  家庭がありながら、学生であったアーレントと関係を持った挙句に捨てている。
  人間としてはけっこうひどいヤツですねえ…)

 一方師匠のカール・ヤスパースは、
 アリストテレス以来の哲学者の姿勢、
 つまり孤独に哲学的思考にふけるスタイルを批判し、
 他者との交流を通じて哲学することを重視した
 彼女も「他者との交流」を重視している

 また、フッサール現象学の方。
 現象学とは、
 客観的世界というものがあって、それを人間が認識するわけではなく、
 人間の主観がとらえるものが世界だ、と考える哲学。
 この考え方から、人間の主観がとらえるものを分析する手法を取る。

 後者二人の影響から、そしてハイデガーとの決別から、
 アーレントは経験や他者との交流など、「自分」の主観から哲学する手法を取っている。

○この本で紹介されている作品
 さて、この本では彼女の作品7作が紹介されています。(実際はもっとたくさん執筆されているようですが)
 そのうち、私にとっては
 3作目「全体主義の起原」4作目「人間の条件」6作目「エルサレムアイヒマン」7作目「精神の生活」が印象的でした。

 3作目の「全体主義の起原」はアーレント出世作ですが、
 当時の全体主義を、差別意識などから分析していて、生々しさを感じる。
 たぶんそれはその時代、ナチス全体主義を目撃してしまって、
 これはいったい何が起きているんだ、という衝動に近いものから生まれた作品ではないか、
 と私は思う。
 
 彼女の思索はその後、その全体主義や人間の悪に立ち向かうにはどうすればいいか、となっている
 4作目の「人間の条件」5作目の「革命について」
 は彼女なりの当時の答えだと思われる。

 しかし、6作目「エルサレムアイヒマン」(アイヒマン裁判の記録)から少し考えが変わっている。
 アイヒマン裁判を目撃して、彼女は「悪の凡庸さ」と表現している。
 それまでは、悪をイデオロギーとか大きなものとしてとらえているが
 実は悪は日常に潜んでいるんじゃないか、という方向になっている気がする。

 そしてそれを防ぐには自分との「対話」が必要だとなり、
 遺作「精神の生活」につながっている
 (未完のまま、心筋梗塞で亡くなったそうですが)

全体主義の起原
 というわけで最初に「全体主義の起原」の内容を見ていきます。
 この本は「反ユダヤ主義」「帝国主義」「全体主義」の3巻からなる本だそうです。
 全体を通して、反ユダヤ主義帝国主義がいろいろ混合して、
 全体主義が生まれたのだ、…ということを論じている
 
 「反ユダヤ主義」…ヨーロッパの政治的反ユダヤ主義について
 まず1巻目では、ヨーロッパ、主にフランスなどの西ヨーロッパの反ユダヤ思想について、
 歴史の流れを追って分析している。
 ・王政時代、民主主義国家初期の時代(ざっくり言うと、フランス革命前後)
  この時代は、国家と社会(市民)は対立関係にあった
  ユダヤ人は、国家へ資金提供して、その代わり国家から特権階級を与えられていた
  この特権が、他の階級からは妬みを買った

 ・フランス革命後、民主主義や産業革命が進んだ後
  この時代、社会と国家の対立関係がなくなり、
  特定の市民(裕福な資本家)が、国家に資金提供して癒着する構造に変化した
  そうすると、国と癒着した資本家対そうでない資本家とか、
  カトリックプロテスタント、など、いろんな集団同士の対立が起きていた。
  
  この時代、一部の資本家が国に資金提供したので、
  ユダヤ人が国に特権階級として扱われることはなくなったのだが、
  その代わり彼らは、投資活動をしたり、国主導のプロジェクトの資金集めなどの仕事をして儲けていた

  このため、ユダヤ人は、国の名前を借りて、資金を市民から集めて、その仲介料で儲けている、
  みたいなずるい存在としてみなされていた

 「帝国主義
 次に、植民地の帝国主義と、ヨーロッパの反ユダヤ思想とが結びついていった過程を分析している
 ・東欧社会の反ユダヤ思想(「種族的ナショナリズム」)
  アーレントの分析では、そのころ東欧や東欧に近いドイツでは、
  西欧の反ユダヤとは別に、種族的ナショナリズムが起きていた
  「自分たちの民族は、他の民族を支配する特権を神から与えられているのだ」というもの

  というのは、東欧は少数民族が乱立し、特定の民族がそれをまとめる必要があった
  また、ドイツは出遅れて発展した国で、西欧に対抗する必要があった
 
  そして、元々ユダヤ人も選民思想があるので、
  彼らのナショナリズムユダヤ人への反感につながった

 ・植民地社会の人種主義、官僚
  一方、西欧社会では、新興の資本家が成功していく一方で、落伍者の存在もあった
  彼らの一部は西欧社会でモッブとなり、暴力をふるって社会に反抗したが
  一部は植民地社会に行き、植民地の原住民に対し人種差別主義を掲げ、支配者階級になろうとした
  さらに、植民地には官僚もいて、これも全体主義につながる思想を持っていたそうです

  つまり植民地社会(インドなど離れたところ)には二つの思想があった
  ・モッブ(ヨーロッパ社会落伍者)の人種主義
   現地人を差別する思想
  ・官僚主義
   植民地の官僚は、「白人が世界を支配するのだ」みたいな崇高な使命感、情熱をもって職務に励んでいた
   また、高次の目的を本国には明かさずに遂行する、みたいな秘密主義(だから国の決まりよりも上司の言うことに従う)
   それから、高次の目的のために自分を捨てて奉仕する、みたいな無名性も持っていたそうです

   この「崇高な使命感」「無名性(個を捨てて全体のため奉仕する)」という官僚主義は、
   ナチスイデオロギー実現のため個を捨てて奉仕する、という全体主義へとつながっていく
 
 ・汎民族主義
  こうした植民地の帝国主義は、ヨーロッパに逆輸入され、
  それが東欧やドイツの種族ナショナリズムと結びついた
  これをアーレントは汎民族主義、と呼んでいる
  
  汎民族主義は、辞書的な意味で言えば、特定の民族が世界制覇することの正当性を主張するイデオロギー
  (例えば、汎ゲルマン主義は、ゲルマン民族が神に代わって世界を制覇するんだ、という主張)

  これが、ドイツやロシアなど大国で行われたので、
  全体主義へとつながってしまった…と、この本の筆者は分析する。
  ドイツやロシアではもともと政治に官僚制度があるので(というか民主主義などの他の政治形態がなかったので)
  官僚主義を受け入れやすかった、という要素もある

 ・第一次大戦後の民族問題
  それでも、当時は「自由、平等」の民主主義思想がヨーロッパにあったはずで、
  イギリスやフランスなどはそれを主張することで、ドイツなどの汎民族主義を阻止できたはずなのだが、
  それができなかった理由として、第一次大戦後の少数民族の問題がある
  
  第一次大戦後、ヨーロッパでは帝国が解体され、民族の独立が始まった
  このため、各国では故国に帰りたがる移民の問題に悩まされた  

  この状況で、各国は移民の対応に手を焼き、
  彼らの国籍をはく奪し、本国に強制送還する、(しかし相手国は受け入れ態勢はない)  
  受け入れ先では、難民収容所に押し込めるという手段を取ってしまった
  「ヨーロッパでの人権の理念など偽善にすぎない」
  という事実を露呈させてしまった。

  つまり、こういう状況では、各国は後ろめたさがあり、
  ドイツやロシアの全体主義に対して異論を唱えにくかった。
  これに加え、西欧にもともとあったユダヤ人への反感の思いが、
  ドイツの反ユダヤ全体主義を加速させた、という面があるようです。

 「全体主義
 3巻目では、ドイツで全体主義が進み、成熟していった様子を分析している
 全体主義を進めた要素として3つあるそうで
 ・モッブ…落伍者で、反社会的運動をしていた人たち。ドイツ国内での汎民族運動を、暴力により進めた
 ・大衆…当時、敗戦後ということもあり、無力感に陥っていた
 ・エリート…芸術家や知識人階級。大衆に全体主義を受け入れさせた  
  エリートはユダヤ陰謀論を喧伝し、
  「ユダヤ人の世界制覇という野望を阻止する」という崇高な使命感を大衆に与えた
  大衆は、生活に対する関心を失っていた分、
  大儀とか理念や壮大なストーリーに惹かれる傾向にあったそうです。

  (…日本も、太平洋戦争に突入する前、
   政治家の汚職とか飢饉、地震などが重なって、
   国民は大衆デモクラシー(民主主義運動)に次第に失望していき、
   生活にも関心を失ってしまったとき、
   「天皇と国民が直接結びつくことで、天皇中心の偉大な国家を作るのだ」
   という壮大な右翼のストーリーにひかれていく若者が多かったそうですが、
   それに似ているものがあります)

 さらに、ナチス全体主義を浸透させる手法を取っていた
 これは新興宗教とかの洗脳の手段にも似ているのだが、箇条書きで挙げると
 ・入党時、ユダヤ人でないことを証明させた
   個人のアイデンティティと「反ユダヤ」という党のイデオロギーを結び付けた
   そのことで、反ユダヤを積極的に支持させた。
   自分が選ばれしもの、と意識することで、そうじゃない人達への差別心が強まる、という感じか。

 ・現実とリンクさせたユダヤ陰謀論を広めた
   全くの空想的な陰謀論は信じにくいが、「○○事故はユダヤのせいだ」みたいな、
   身近な話と結びついた陰謀論(詐欺話)を人間は信じやすいそうです。たしかに、オレオレ詐欺もそうですね…

 ・国民に反ユダヤ思想かどうかを相互監視させた
   密告者は称賛され、密告された人はひどい目にあった
   このことで、党員以外の一般人の間にも、ナチスへの恐怖心、忠誠心が高まった

 ・玉ねぎ上の構造
   ナチスは、指導者→幹部→党員→シンパ(党員ではないがナチス賛同の人)→それ以外
   という玉ねぎ構造を取っている
   シンパの存在が一番重要で、党員でない人たちが、ナチスは現実的におかしい、と思っても、
   シンパが外部の人を説得する、という役割を担った
   また、党内では、玉ねぎの外の人たちを「あいつらは無知だから、ナチスに反対する」とバカにすることで、
   より自分たちは正しい、と思うようになっていた

 ・権力者を絶対だとし、幹部は党のイデオロギーを、現実を捻じ曲げてでも実現させた
  アーレントによると、党のイデオロギーは、政権を取る前は「スローガン」として使うことができたが、
  政権を取ってしまうと、今度はそのイデオロギーを維持する必要に迫られた

  つまり、「世の中は悪い状況で、その原因はユダヤ人で、自分たちはユダヤ人をやっつける政権だ」
  という状態をずっと維持していないと、
  ナチスの存在意義が疑われてしまう。
  だから、「悪い世の中」「ユダヤ人は悪い」という状況を維持することが必要になった
  
  それを担ったのが秘密警察で、
  彼らはテロル(反社会的暴力のテロとは少し意味が違う)という暴力行為で、世の中をわざと不安定化させる
  密告をでっちあげる、などのやり方でイデオロギーを維持した
  このイデオロギー維持のための組織は、現実問題解決のための組織よりも政権内では上に置かれた
 
  …このくだりでは、今の中国共産党を思い起こさせました。 
  中国共産党はもちろんナチではないので、ある意味失礼なたとえだと思うが、
  「嘘でもいいからイデオロギーを維持しなくてはいけない、
   そのためなら何でもやる」
  のは同じなんじゃないかな?
  人権派弁護士や反政府的な芸術家への扱いを見ていたらそう思う。

 ・収容所に入れられた人の人格を奪う
  収容者に入れられた人は、存在が無かったことにされていた(法的人格(国籍、名前など)を奪う)
  個人同士の交流も禁じられ、虐待され、死を無気力に受け入れるだけの存在にしてしまった(道徳的人格(存在意義)を奪う)
 
 …このようなナチス全体主義はなぜ起きたのか、について、
 アーレントはカントの「根源悪」を一応の答えとして出している
 カントは「人間は悪をなす根源的傾向がある」と考えていたそうです。

 しかしアーレントが同時に指摘したのは、「全体主義は、「人間」を余計なものをした」
 つまり人間を奪われたら、「悪をなす存在」にすらなれないはずで、
 これはどういうことかという疑問は残っていたようです。

 その疑問への彼女なりの答えが、次の著作になっている。

○「人間の条件」
 アーレントは、全体主義のひどさに接して、
 その理由や克服法について考えるようになった
 彼女は全体主義イデオロギーが起こすのだ、と考えていたが、
 そのイデオロギーを生み出す思考形式そのものについて分析した
 それが「人間の条件」だそうです。

 この本は古代ギリシャの思考形式を下敷きとしつつ、
 プラトンマルクスの思想を批判的に分析している

 …ここの議論は本当に分かりにくかったので、 
 私の理解で書いてみたいと思います。

 まずプラトンについて。
 プラトンは、古代の生活について、
 ・観照的生活(哲学者のように思索にふける生活)
 ・活動的生活(政治など)
 に分けて、観照的生活を上に置き、
 「活動的生活」から「観照的生活」に入った時、哲学(イデア)が始まる、
 と書いているそうです。

 「活動的生活」は三つに分類されていて
 ・制作(work)…芸術、職人など、目的をもって何かを作る行為。制作物は耐久的に残る特徴がある(下の活動、労働は何も残らない)
 ・活動(action)…趣味など自発的な創造行為、議論など他人と交流しあう行為
 ・労働(labor)…家事など、肉体の欲求を満たすためにいたしかたなく行う苦役

 プラトンはこの三つのランク付けをしていて、
 労働を一番下に置き、次に活動とし、制作を最も崇高なものとしている

 なぜ労働が一番下かというと、
 労働は単なる苦役であり、私的な領域のもので、
 ここから解放されて初めて自由が生まれる、とされていた
 だから古代ローマなどでは、労働は奴隷に押し付けられた
 こうして労働から解放された市民たちは、公的な領域に出て
 議論などの活動により意見を交換しあい、
 そうして生まれた理念や崇高な概念を使って、制作がなされた…というランク付け

 私の理解で書くと、
 プラトン的には、労働(欲を満たすための苦役や金儲け)、活動(俗世間で人々が交流する)などは低俗なもので、
 そこから離れ、思索にふけり、善とか美とか理想を考えるのが尊い
 という考え方だったんだろうと思われる。
 「制作」は作品が残るし、「観照的生活」は哲学が残る、という意味でも評価していたのだろう。
 (中世などの時代で、聖職者や知識人が上流、職人が真ん中、金儲けする人や労働者が下に置かれたのは
  このヒエラルキーによるものと考えられる)

 しかし、アーレントはそういう哲学者の在り方は、
 自分だけを世間や他人と切り離し、内なる思想の世界に閉じこもる「人間疎外」だと批判した。
 
 一方、ロックとマルクスは、この3つの活動の中で「労働」を一番上に置いた
 多分これは、労働を押し付けられた労働者の地位向上のため、だったのだろう。
 (しかし先取りして言うと、アーレントは、労働を上に置くことは、
  結果的に個人の疎外、埋没を招いた…と批判している)

 ロックは、「労働」とは「領地の所有権」と交換可能な「価値」、と考えた
 マルクスの時代になると資本主義が発達していたせいか、
 マルクスは「労働」は「貨幣」と交換可能だ、としている

 しかし、アーレントから見ると、 
 彼らの考え方は、もともと私的な領域にあった「労働」を、
 誰に対しても同じ「土地」や「貨幣」に置き換え、同質化してしまう考え方である。
 そして、労働に価値を与えることで、
 公的な場はその価値(お金儲け)をひたすら求めるだけの集団になってしまった。
 結果、公的な場から、ギリシャ時代のような「活動」…自発的な他人との交流、「制作」…クリエイティブな活動、が失われてしまった、と。

 さらに、マルクス
 「労働」は個人からみれば、人間の自然な欲求から発するものだが、
 この労働が、「貨幣」という、誰にとっても等価の価値に置き換えられることで、
 労働の結果生じた「余剰」が、再生産に使われ、その結果社会の発展をもたらす…と論じた。

 私の理解では、ここでのマルクスは、
 個人の労働は結果的に社会の発展に寄与するんだよ、
 だから価値があるんだよ…と論じたかったのだろうと思うのだが、

 しかし、アーレントは、そういう考え方は、
 逆に、社会の発展に寄与するために、個を没して労働して奉仕しろ、という方向に使われてしまう、
 と批判している。
 (個人の労働→全体の発展、となれば理想的だが、
  現実の社会主義社会では逆で、全体の発展をしたい→個人が働け、という構図)
 「個を没して奉仕…」というのは、全体主義につながる思想だ、というわけです。

 さらに、アーレントマルクスのような労働の考え方は、
 労働の辛さを共有するなどの、労働者同士の交流をさせなくする、ということも論じているそうです。
 つまり、「全体主義の起原」で出てきた「人間を奪う」こともしている、と。

 ここで注釈を入れると、
 ローマ時代~近代では「労働」を私的領域のものとして、奴隷や女性に押し付けていたわけで、
 ロックやマルクスはそういう労働者とか女性の復権を狙っている、とも見える。
 それが悪いというのはどうなの、と思うのだが、 
 別にアーレントギリシャの方がいい、と言っているわけではない。

 ただマルクスの時代、資本主義社会以降、
 公的な場は労働=貨幣=金儲け、だけになってしまい、
 私的な場は、単に労働を休む場になってしまっている。
 そこでは、自発的な「活動」もないし、クリエイティブな「制作」もない。
 活動や制作は哲学者など特権階級のものだけになっている。
 そこを批判しているのかな、と思う。

 …このくだりは、今の資本主義社会の批判とも読めた。
 ケインズ研究者のロバート・スキデルスキーさんの本に、
 「現代の資本主義社会は余暇が失われ、休みは単に気晴らしや休息になってしまった」
 と書いてあったのを思い出しました。
 つまりクリエイティブな創作活動とか、能動的な趣味が失われている、と。
 アーレントも、「活動」を取り戻せ、と言いたいのかなと思う。

 現代の我々も、「労働」を機械や人工知能に任せつつあるわけだけど、
 かつてのギリシャのような公的な領域、「活動」の場が必要だと思う。

 …さて、この流れからも明らかなとおり、アーレントは先の3つの活動的生活様式の中で、
 「活動」を最も重視すべきとしている。
 活動は、アーレントの定義で言うと「人間が物理的な対象としてではなく、人間として互いに現れるような様式」

 分かりにくいので私のとらえ方で言うと、自発的な趣味的な活動、それを通じた他者との対話と考えられる。

 その特徴を以下に挙げている。

 ・他者が必要な行為
 ・他者との交流を通じて、個人のアイデンティティが明らかになっていく行為
  「活動」は、複数人が関わることが前提で、
  複数の人の視点があるので、複数の視点から自分とは何者か、が明らかになっていく  
 ・結果が予見できない
  他者との行為なので、どんな自分が明らかになるか、は自分でもわからない
 ・結果は不可逆
  複数の人に自分をさらけ出す行為なので、結果をごまかしたり、さかのぼって直すことはできない

 …いまいちわかりにくいのですが、複数の人と趣味を通じて(仕事ではなく)交流する行為、
 複数の人との対話のイメージかな、と思います。
 
 仕事のように上下関係や忖度を気にすることなく、
 個人として他者と交流する、そのことで「自分とはどんな人か」が相対づけられる。
 そこでは仕事のように、権力で他者の考え方を変えさせたり、ごまかされることもない。 
 その場では、自分がどんな風に変わっていくか、自分がどういう人間として受け入れられるかも自分ではわからない。
 
 さらにこの行為では、
 他者が自分を自分の意に沿わないように解釈する恐れがあり、
 自分をさらけ出す必要もある。
 そういう意味で「勇気」が必要だ、ともアーレントは述べているそうです

 アーレントアウグスティヌスの「出生(natality)」の概念ともからめて論じている。
 「出生」とは、
  ギリシア的円環時間(欲望を行ったり来たりする世界)から、キリスト教の直線的時間(神の愛へと進化する世界)に生まれ変わること。
 つまり、人間が欲の世界から離れて、
 自分とは何かとか善とは何かなど、本質的な問いをする存在に生まれ変わる、ということだろう。

 アーレントは、「活動」にはこの「出生」を始まらせるものがある、と論じているそうです。

 さらに、彼女は「全体主義」を、「活動」の場を破壊する行為と考えている
 3作目「全体性の起原」によれば、
 全体主義では密告が横行し、人々は互いを疑い、交流できない。
 また、収容所では、ユダヤ人どうしの交流は禁じられている。 
 これは「活動」が失われた場になっている。
 また、ユダヤ人は存在すら消されている。これも個人どうしの交流を失わせる原因となっている。

 そして「活動」がなくなると、人々は全体主義への疑問を話し合う場もなくなり、
 イデオロギーが付け込む隙が生じてしまうのだ、と。

 逆に言えば、活動の場を維持すること、「人間」を維持することが、
 全体主義に立ち向かう手立てになるのではないか、とアーレントは考える。
 
 ここからは筆者の分析なのだが、
 なぜ全体主義ではイデオロギーが支持されるのかというと、
 我々はイデオロギーのような、一貫したストーリーを求めたがるからなのだろう、と。
 拠り所の無い混乱した時代では、分かりやすいイデオロギーは支持されやすい。

 そして、「ストーリーを求めたがる」癖が我々の中にあるのは、
 プラトン以降の哲学者が、「制作」や「観照的生活」
 つまり、何かの理想や目的を実現していく在り方を上に置いていたからではないか、と。

 しかし、アーレントはこの本で、
 そういう、プラトン的な哲学の在り方を「人間疎外」と言って批判している。
 というのは、現実の人間はそんな単純なものではなく、
 理想があっても悩んだりうまくいかなかったり、ジグザグに進むから。
 そしてそのことで、「人間の条件」では、ストーリーを求めたがる我々の心の癖自体を「人間疎外」として再定義している、
 と分析している。

 5作目の「革命について」では
 この「活動」の現れとしてアメリカ革命とフランス革命を比較的に論じている。
 (彼女の意見では、フランス革命は「貧困=生命の危機」から発するものなので、自由を実現せず、暴力だけに終わった。
  アメリカ革命は、「みじめさ=自分の尊厳」から発するものなので、自由を実現した、と評価しているらしい。

 このなかで後で効いてくる議論は、「自由」についての話で
  彼女によると、自由は「リバティ」(解放)と「フリーダム」があり、
  リバティは「意志すること」だが、フリーダムとは「意志すること」「実現すること」が一致すること
 としている。

ちょっとこの本は興味がわかなかったので割愛します。

エルサレムアイヒマン
 この「アイヒマン裁判」についての本もアーレントの著書の中では有名です。
 アイヒマンヒトラー政権の幹部だった人だが、
 戦後アルゼンチンに逃亡し、ここでイスラエル政府に誘拐され、エルサレムで裁判にかけられた
 アーレントは、この裁判の傍聴記録を「ニューヨーク」誌に5回にわたり掲載したが、
 それを書籍化したのがこの作品らしい。

 アイヒマンの裁判は、
 「残虐なナチス」が「かわいそうなユダヤ人」をいじめた、というイメージが先行していた。
 またこの裁判を行ったのはイスラエルで、
 イスラエルユダヤ人国建設のため、ユダヤ人への同情の念を集める必要があった、
 という背景がある。
 
 アーレントはこの裁判についていろいろ細かく書いているみたいなのですが、
 筆者がここでテーマ、キーワードとして挙げているのは
 ・「独立した態度」…何にも流されない、忖度しない態度
 ・「世界疎外」…現実から目を背ける態度

 最初の「独立した態度」は、この本を書いているアーレントの態度がそうだった。
 彼女は、ユダヤ人がかわいそうとか、ナチスは残虐だなどのイメージに流されなかった。
 同胞を裏切ったユダヤ人も批判しているし、
 ナチス政権内にいたがナチスに反対していた、という人達には冷ややかな見方をしている。

 このため、この著書を出版後、その態度への批判は多方面から来ていたらしいが、
 彼女はそれに動じなかった。
 というのは、事実に対し「独立した態度」を取ることが大事だと思っていた。

 なぜそう思ったかと言えば、
 アイヒマン裁判の中で、状況に流されず、きちんと過去の事実を述べている証人もいて、
 アーレントは彼らの「独立した態度」に、全体主義を崩す糸口を見つけたから、だそうだ。
 
 それから「世界疎外」について。
 アーレントは裁判自体、「見世物」として批判している。
 例えば、イメージ優先で現実を見ない裁判は「世界疎外」そのものだ、としている。

 また、裁判の中のアイヒマンも「世界疎外」な人間だ、という描写をしている。
 自分のしたことについて何も痛みを感じず、
 ナチスイデオロギーをひたすら雄弁に語っていた様子を、何回も書いているそうです。

 そして、具体的な記述をざざっと見ていくと
 ・アイヒマンについて
  裁判自身が「見世物だ」という批判を書いた後、
  アーレントアイヒマンの経歴について触れている

  彼は裕福な生まれだが挫折を経験し、友人に誘われてナチスに入党している

  筆者の解説によると、アイヒマンナチス入党は、別にイデオロギーに共感したからではなく
  彼自身が挫折から這い上がり、一旗揚げるためで、
  それは「全体主義の起原」に出てきたモッブ
  (社会的落伍者で、植民地に行き支配者になろうとした人たち)
  と同じだ、としている

  また、裁判の中では、彼はナチスの言葉をひたすら繰り返して、
  そんな自分に酔っていた、という描写を繰り返しアーレントは書いている。
  しかし精神鑑定では異常はなく、家ではよい父だった、と裁判の記録にはあるらしい。
  
  アーレントは彼がそういう態度をとっていたのは、
  ユダヤ人など被害者の痛みへの感度が低かったからではないか、と分析している
  精神鑑定で異常が出なかったのは、裁判官の意に沿う発言をしていたからではないか、と。

 ・第二次大戦中のシオニスト
  シオニストは、新天地にユダヤ人国家建設をすると主張していた人たち。
  彼らは、ドイツからユダヤ人を追い出したいナチスに対し、
  利害関係が一致する、と考え、ナチスに協力した
  現実的には、ユダヤ人を移住させるお金をドイツが出すはずもないし、最後は関係は破綻したが、
  アーレントは、彼らの協力が結果的にナチスを助長した、と批判する

  ちなみにアイヒマンも、一時期はシオニスト接触し、ユダヤ人脱出計画に協力していたそうです。
  しかし、それは彼がユダヤ人国家の提督の座を狙っていたからに過ぎない、とアーレントは分析しているらしい。
  
 ・ユダヤ人協会、ユダヤ人警察
  これらはユダヤ人自身が同胞を裏切った、という糾弾として書かれている。
  例えばユダヤ人警察は、ナチスに権力を与えられ、命を助けてもらう見返りに、
  ユダヤ人の仲間を検挙し政府に密告した

  また、ユダヤ人協会は、ドイツ国内のユダヤ人の優れた人、著名人のリストを作り、その人達の脱出を助けた
  アーレントは、彼らがそうすることで、
  結果的にそうでない人たち(犠牲者)のリストを政府に差し出した、
  その見返りに自分や著名人の命だけを守った、と批判する

  …この辺はタブーな話だったそうですが、アーレントはあえて切り込んでいる。

 ・ドイツ国内の官僚
  官僚の中には、ヒトラー暗殺やホロコースト反対を唱えたものもいたが、
  普通の感覚なら称賛されそうだが、それについてもアーレントは批判している
  
  というのは、その動機はユダヤ人を救うためではなく、
  戦後の保身のため、あるいは「ナチスの行いはドイツ人の名を汚す」からだった、
  ユダヤ人の痛みや自分たちの行為の残虐さを感じていたからではない、と。

 ・ヨーロッパの他の国
  ここは細かく記述されているそうだが、
  筆者のまとめによれば、どの国も、被害にあっているユダヤ人にはおおむね冷淡だったらしい

  ただ、ナチスに対し抵抗する国もいて、
  そういう国ではナチスが思うほどホロコーストは進まなかった事実にも言及しているそうです
  (人手が割けなかった、という理由もあるらしいが)
  だから、屈すればナチスイデオロギーは破られたかもしれない。
  しかし実際は誰もユダヤ人を救おうとしなかったし、ユダヤ人自身も自ら死を選んでいた、 
  とアーレントは書いている

 …と、アーレントはいろんなところを批判しているが、
 筆者は、以前の著作と比べ、アーレントナチス全体主義)への認識が
 少し変わったのではないか、と指摘している 
 例えば
 ・ナチス全体主義)のイデオロギーは、そこまで強固なものではない、と思うようになった
  ナチスはヨーロッパの他国で、抵抗を受けて屈する様子も見られた
  ここから、イデオロギーの貫徹はそこまで簡単ではない、という事実を見出している

 ・全体主義のような非合理なイデオロギーは、「流されない態度」により破ることができる、と気づいた
  アイヒマン裁判では、ほとんどの人が「かわいそうなユダヤ人」「残虐なナチス」に沿う発言をしていたが
  中には事実をそのまま述べる人もいた。
  アーレントはそういう人たちの存在によって、彼らのイデオロギーが破られた、と感じた

 ・官僚がイデオロギーに狂信的とは限らない、と気づいた
  ヒムラーアイヒマンの上司)は、ナチスイデオロギーをそこまで信奉していなかったと発言しているそうです。
  「全体主義の起原」では、玉ねぎ構造の内部にいる人(官僚)はイデオロギーを忠実に実行する人、
  としていたが、官僚でもそこまでイデオロギーに忠実ではない、とアーレントは気づいた
 
 ・悪の凡庸さに言及している
  ナチスの官僚の中には、命令を守りつつ、ナチスに反対し、ヒトラー暗殺を計画していた人もいる
  彼らは戦後を見据えて自己保身を考えていた

  つまり、イデオロギーを狂信的に信じ、それに駆られて残虐な行為をしたわけではなく、
  そういう行為をしている最中でも現実的な感覚はあった、ということ

  アーレントはこれを「悪の凡庸さ」と表現している
  「全体主義の起原」では、悪はイデオロギーが起こすんだ、という論調だったが、
  官僚たちの姿は、凡庸な人、強力なイデオロギーの無い人でも簡単に残虐な悪ができる、
  ということを示している
  
  しかし、これは逆に怖い。
  極端なイデオロギーさえ抑えればよい、と思う方が分かりやすいが、
  悪はどこにでも誰にでも潜んでいる、ということであり、
  よりいっそう抑止するのが難しい。
  そして、これは、次のアーレントの本のテーマになっている
 
 ・ナチスの罪についての議論
  アーレントは、ナチスの何が悪かったか、について、
  大方の人が感じていたような、ユダヤ人がかわいそうだから、という考えではなく、
  「多様性に対する罪」「人間の排除」なのだ、としている
  特定の民族を、劣等だからという理由で抹殺するのは、人類の多様性に対する挑戦である。
  また、特定の人間をなかったことにするのは、「人間」を排除する罪なのだ、と。

 ・アイヒマンの「人間疎外」
  アイヒマンは死刑宣告を受けたそうですが、
  死を前にしても、彼はナチスの決まり文句を唱え、自分に酔っていたそうです
  
  アーレントはそこに「世界疎外」を見ている。
  彼は自分の行いのひどさや、被害者の痛みを想像することができず、現実から目を背けた、と。

  筆者の指摘では、ハイデガーは、「死が人間に良心を呼び起こさせる」としていたが、
  アイヒマンはその死を前にしてさえも、良心は呼び覚まされなかった、と。

  そのような「人間疎外」が起きたのはなぜなのか、が次のテーマになっている

○精神の生活
 アーレントは、全体主義がもたらした「人間疎外」「人間の排除」に立ち向かう手段として、
 真実を語った証言者の存在に注目している
 「真理と政治」というエッセイでは、
 「事実が失われると、政治の構成要素(信頼、約束、権力)が存在しなくなる」
 そうすると、事実の忘却を強要する支配者に振り回される不安定な世界になる、
 と書いているらしい

 そして彼女は、「精神の生活」で、なぜ彼らが事実を証言できたのか、を検討している
 この本は「思考」と「意志」という2巻からなるそうです
 (ただし、「意志」は未完成で終わっている)
  
 「思考」
 彼女は、アイヒマン裁判で流されず証言できた人たちは、「思考」があったからだ、と考えた
 
 彼女は「思考」という能力は、
 ・自分の中のもう一人の自分との対話
 ・意味をとらえる能力
 の二つの意味合いがある、としている

 まず、自分との対話について。
 アーレントは、自分との対話とは、
 自分の過去の行いを物語として確認し、そうして受け入れることにつながる、と指摘する。

 (前述「人間の条件」で検討された「活動」も、「自分」を確認する行為だが、
  それを確認するのは他者の複数の視点、という点が違う)

 アーレントによれば、自分との対話を通じてとらえられる「自分」とは、
 過去現在未来の時間の流れの中で、首尾一貫している。
 アーレントはこれを「時間性」と呼んでいて、時間のベクトルとして示している

 こういう「自分との対話」で見出す「自分」とは、
 過去の自分に問いかけ、自分がどうだったかを思い出したり、
 近い未来の自分にも問いかけ、どういう自分であろうとするかを考えるもの。
 このように、問いかけて確認する、という意味では、「再帰的」
 問いが過去、未来と続いていく意味では「継続的」だと述べられている。
 
 そして、
  「再帰的」だ、ということは、自分の過去を「物語」とすることで、自分を振り返ることができる、ということ。
  「継続的」だ、ということは、過去は今に続いていて、過去の悪行を消すことはできない、ということ。
 こういう意味で、悪行を「なかったもの」として現実に向き合わないアイヒマンのような「自己疎外」を回避できる、と。

 次に、意味をとらえる能力としての「思考」について。 
 アーレントは、思考は事象(具体的なもの、抽象的なものも含めて)を「言葉」で意味づける能力、と考えていて、
 それによって、経験など抽象的なものも、物語として理解することができる、と考えている

 ちなみに、アーレントは、カントの概念を借りて、「思考」を行うのは「理性」だとした
 カントでは、
  「知覚」…直観、五感で対象をとらえる力
  「悟性」…意味を把握する力
  「理性」…真理をとらえる力、としているが、
 アーレント
  「知性」…真実を把握する能力
  「理性」…意味を把握する能力
 だと言っている。
 
 ここで彼女が、真実を把握するのは理性ではなく知性(カントで言う「知覚」)だ、としているのは、
 彼女が、真実とは直観的にとらえられるもの、と考えていたからだと思われる。

 筆者の解説によると、
 ふつう我々は
 「真理は合理的推論(道筋をたどって論理的に考えていくこと)で導き出せる」
 と考えがちだが、アーレントはそれは違うよ、という意味を含ませているらしい。
 (ここでも、従来の哲学者の考え方にとらわれていない)

 つまり、「本来の自分」は真理を直観的に分かっている。
 そして、直観でとらえた真理を検証していくのが理性(思考)である、と考えていた。

 「思考」が直観がとらえた事象を「言葉」で意味づけするプロセスとしては
 1「共通感覚」で対象を一つの像としてとらえる
 2とらえた象に、「言葉」で名付けをする

 「共通感覚」とは、五感が連動し、統合された感覚のこと。
 これにより
  ・対象が客観的な存在になる  
  ・客観的な対象を介在して、他者と自分とのコミュニケーションが可能になる
 …なんかまどろっこしいが、例えば赤くて丸くていい匂いのするもの、を五感でとらえて統合し、「リンゴ」と名付ける
  リンゴ、と名付けることで、誰か別の人とそのリンゴについて話すことができる、ということ。

 抽象的な概念についても同様に名づけがなされるが、
 「言葉」で概念に名付けする前に、
 「構想力」という力で、五感への刺激を、一つの対象に仕上げていく、と述べている
 (まとめあげた一つの対象を「図式」と呼ぶ)
  
 この際、「図式」への名づけは、具体的なものに例えて行われる(「類比」と呼ぶ)
 アーレントはこれを「詩的な能力」とも呼び、
 経験や抽象的な概念を「物語」としてとらえることを意味している

 このように、経験や考えなどの抽象的なものを物語にする行為が「思考」である、と。
 これにより、自分の過去の経験を受け入れたり、
 他人の経験を自分のことのようにとらえる、ということができる
  (ただし、描くストーリーは自分と他者とで同じとは限らない。
   ただ、ストーリー化することで、検討や理解をすることができる)

 つまりまとめると、 
 「思考」は自分が何者であるかや、自分や他者の経験などを「物語」としてとらえる行為である、ということ。
 アイヒマンはこの物語化ができなかったので、
 自分の行いを反省することも、他人の痛みを感じることもできなかったのではないか、としている。

 「意志」
 この巻は未完成なこともあり、議論がこなれていない。
 アーレントは、「意志」(~せよ、と自分に命令するもの)は、「活動」(自発的な他者との交流)と同じく
 人間から元から備わっている行為、と考えている
 つまり、人間は、ほっといても「~するのだ」と意志したがるし、他人と交流したがるものだ、と。

 しかし、その「意志」自体がいい方向に向かうのか、悪い方向に向かうかを決めるのは何なのか?
 それを、この巻では模索しているように読める。

 ここでの議論を箇条書きで書くと
 ・「意志」について(パウロの議論から)
  「意志」とは、「~せよ」という命令形であり、「~するな」という「反意志」との葛藤で意識される
  (そうでなければ、単に無意識の行動になる)
  
 ・「行為」
  「意志」と「反意志」との葛藤を解消するのは、「行為」のみ、とアーレントは述べる
  つまり、~したいけどどうしようかな、と思う前に行動すれば迷いがなくなる、という感じ。

 ・「自由」と「意志」との関係
   アーレントは5作目で、
  ・「活動」を実践したのが「自由フリーダム」
  ・「フリーダム」とは「意志する」と「可能である」が一致した状態(~したい、と思ったことが実行できた状態)である、と述べている

 ・「活動」と「意志」と「行為」の関係
  上のことから、個人の「意志」が、他者との「活動」で「行為」されたとき自由が達成される、と読める。
  
  私の理解で書くと、「~したい」という個人の意志は、行為に移せば葛藤はなくなるが、
  その行為自体がいいか悪いかは問題になっていない(悪行だったとしても葛藤はなくなる)
  しかし、この行為が「活動」の中で、複数の目にさらされることで、
  「自由」という善きものが達成される、ということかと思う。
 
 アーレントはこのあと、この「行為」を継続させるものは「愛」 
 「行為」の良しあしを「活動」の中で評価するのが「判断」、
 としているが、「判断」についての議論はされぬまま、命を落としている
 ですので、

 ・「活動」と「意志」と「出生」の概念
  それから、アーレントは最初の作品から最後の作品まで、
  アウグスティヌスの「出生」の概念のことに言及しているそうです。
 
  アウグスティヌスの「出生」は、前述したように
  ギリシャ的な環状の時間(欲望を行ったり来たりする)→キリスト教的直線の時間(神の愛へと進化する)
  に、人間が新しく生まれる、という意味合いがある。

  つまり人間は、善に向かう存在として新しく生まれるのだ…という感じのイメージ。
  アーレントは、この「出生」から始まるのが「活動」と「意志」である、と考えている。
  
  …私の理解で言うと、前の議論も含めて言うと、アーレント
  ・(「出生」した)人間とは、直観で真実をとらえられる力がある
  ・(「出生」した)人間とは、「~したい」という意志を持っているし、他人と何かをなしたいという本性も持っていて、
   それらを合わせることで「自由」を実現させる力があるのだ
  と考えていたように読める。 
  ただし、それは「出生」した人間においては、ということだが。

  それはカントの「自由とは、「本来の自分」が選ぶ善だ」という概念と合わせると、
  あまりに理想状態の人間の話?とも思ってしまうけど、
  我々人間にはそういう力があるはずだ、という勇気が与えられる、とも感じました。

  この本はこのあと、「判断」についての見解は今後の議論が待たれる、という感じで終わっていました

○感想など
 全体的にとても難解な本ではありましたが、  
 全体主義的な思想を乗り越える手掛かりは、
 いろんなところにちりばめられていたように思いました。それは今の不透明な時代にも生かせることかな、と。

 全体主義的な思想を防ぐために、できることを挙げてみると、
 ・「人間疎外」を無くす
  アーレントが批判していた「人間疎外」には二つの意味があって
  ・現実から目を背ける
  ・分かりやすい思想、イデオロギーに従うこと

  危機の時代になると、分かりやすい考え方に従いたくなる。
  自分の思い込みの世界に埋没したくなる。

  しかし、人間も世界もそんなに単純じゃないし、
  善とか悪とかもはっきり決まっているわけではない。

  そういう現実や人間を直視して、柔軟に対応していく、てのは簡単ではないですが
  (だいたい、みんな単純な答えとか早い回答を求めたがるし)
  しかし、結論を急がずに、ジグザグに考えていくことが危機を乗り越えるカギになるのかなと思った。

 ・「思考」する
  アーレントは「思考」を、自分と対話すること、概念を言葉としてとらえること、としている。
  別の言葉で言えば、自分自身を内観すること、
  事象を自分の言葉に換えて理解する習慣を持っていくことかな、
  と感じた。 

 ・「活動」を重視する
  アーレントは、「活動」を「人間が物理的なものとしてではなくて、人間として向き合う場」みたいな感じで定義していた。
  それから、「活動」とは勇気がいる活動だ、とも述べている

  いろんな人と交わると、自分の考えが複数の人の目さらされ、評価される。
  だから自分自身も、他者との関係も変化する可能性がある。
  しかしそれを恐れずにいろんな人と交わることが、
  独りよがりに陥らずに済む態度なのかな、と思いました

 ・物事に対して「孤立した態度」を取る
  これはアーレントの生きざま自体から読み取れることですが、
  物事に対して、いろんな立場から見ること、
  いろんな立場に疑問を持って批判すること。

  危機の時代になると、分かりやすい思想とか雰囲気に流されがちだが、
  何事にも疑いつつ、検証しつつ世界を見ていくことが大事だな、と感じました。
 
 …というわけで、長くなりましたがこの辺で。