びぼうぶろぐ。

基本的に自分の備忘録のためですが、同時にどなたかのお役に立てればと思いながら書いています。

NHK 逆転人生「人づきあいが苦手から大逆転!新進気鋭のロボット研究者」

NHK 逆転人生「人づきあいが苦手から大逆転!新進気鋭のロボット研究者」

普段あんまりこの番組は見ていないのですが、
「コミュ障」だった方、ということで見てみました。
私も子供の時は人づきあいが苦手でした。
(かっこよく言うと、同調圧力に従いたくなかった人…)

今回の主人公は、ロボット研究者の吉藤健太郎さん。
彼は人と人をつなげるロボット、というのを作っているそうです。

それを作るきっかけ、作ってからの挫折、製品化するまで…など、
すべての転機が「人との出会い」ということに
人生ってすごい、人間って凄いなあ…と感じたお話でした。

それからもう一つ、彼のロボットは意外なことに、今流行りの「人工知能」を使っていない。
その理由についても最後語ってくださって、
人工知能で意識は作れない」と思っている私にとっては、心に響く内容でした。

ちなみに吉藤さん、スタジオでは自作の黒い白衣(なんか矛盾した言葉だが)を着ておられて
見た目、ブラックジャックとかハリーポッターみたいな雰囲気(笑)
私は変わった人って好きなので、こういう人いると普通に面白いな、と思いますが…

〇引きこもり、不登校だった小学校時代
 吉藤さんは、スタジオで折り紙を披露していました。
 それも即興で薔薇の花を作ったり、天使を作ったり…
 めっちゃすごい。どうやって折るん?と思ってしまうのだが、
 自己創作で考えながら折っているそうです。
 彼は小さいときから、この折り紙が得意だったそうです。
 
 そして、この折り紙は、吉藤さんにとってコミュニケーションツールだった。
 人づきあいが苦手で、コミュニケーションもうまく取れなかったが、
 折り紙のすごい作品を折って披露すると、みんな集まってきてくれた、と。

 しかし、彼は学校が苦手だった
 「小さいときから病弱で、運動もできないし勉強も苦手だし…」
 「学校の授業ってじっとしてないといけないじゃないですか、
  じっとしていられなくて、すきを見て先生から脱走してた」

 高学年になると、折り紙に興味を示してくれる友達もいなくなり、
 ある日を境に家に閉じこもるようになったそうです

 「部屋の中で、ひたすら時計を見ていた」
 「家にも居づらくて、居場所がどこにもなくて、
  気づいたら池の前にいた」
 なかなか辛いものがありますね…
 家に居場所がない辛さ、というのは私もそうだったからわかるけど、
 別に学校はそんなに嫌いではなかったし。

 しかしそんな彼が生きがいを見出せたのは折り紙づくりで、
 一日15時間折り続ける生活を、約3年半続けた
 
 その時のことを彼は
 「劣等感が強くて誰にも会いたくなくて、誰にも会わないんだけど、
  そんな風に引きこもっている自分が情けなくて、より劣等感が増して…
  という負のスパイラルだった。
  だから折り紙を折っても渡す人もいなくなった」と。

 今回、ゲストには山田ルイ53世さんがいらっしゃって、
 彼も中2の時から6年引きこもっていたそうですけど
 「昼間が嫌だった。
  昼間はみんな頑張っているじゃないですか、だから劣等感が増す」と。

 周りも、たぶんご両親も心配だったんだろうな、と思うが、
 吉藤さんは、周りから心配されるのも辛かった、と話していました。
 「学校からプリントが来るのもプレッシャーになった。
  先生が手紙などを持ってきてくださるけど、そうさせてしまっているのも辛い。
  もちろん無視されるのも辛いんだけど、
  そういう風に気を使ってもらうのも悪いな、と思ってしまう」

〇ロボット作りを始める
 そんなある日、お母さまが彼に内緒でロボットコンテストに応募したそうです 
 手先が器用ならロボットも得意なのでは、と思ったらしい。
 そして出場すると、なんと初出場なのに彼は優勝してしまった。
 このときの嬉しさが、今のロボット作りの原点になっている、と。

 彼はロボット作りをもっとしたい、と思うようになり、
 ある雑誌で、地元の工業高校にロボット研究をされている先生がいることを知り、
 そこから猛勉強し、高校受験を市、奈良県立王寺工業高校に入る

 入学後、ロボット研究をしている先生が顧問をされている部活に入り、
 ロボット作りに没頭したそうです

 …人との出会い、ってすごいですね…
 もちろんその出会いをしっかりチャンスにした彼の才能もすごいのだろうけど、
 なんか運命論じゃないけど、人との出会いって何か見えないものが引き寄せてるのかも、と思ってしまう。

〇コミュニケーションの壁
 ただそのときの先生によると、
 「彼は一人で色々やるのは得意だけど、人と何かするのが苦手だった」のだそうです。
 つまり、コミュニケーションの問題がここでも持ち上がった

 しかし、ロボット関係の世界大会では、
 彼は折り紙を折ることで、世界の人ともコミュニケーションをしていたそうです
 そのときこの大会を主催していた渡邊賢一さんは
 「なんで折り紙をやるのか、と聞いたとき
  「空間把握能力を磨いている」と言っていてなるほど、と思った」

 吉藤さんによると、折り紙は空間把握能力が養われるのだそうだ
 折り紙は、平面の1枚の紙を折ることで、2マス、4マス、…とマスを増やしていく
 それを立てたりしていくことで、3次元などの形も作っていく
 どこの部分が完成形のどこになっていくか、を考えていくと
 空間を組み立てるイメージが湧いてくるのだそうだ。なるほど。

 …さてそんな吉藤さんでしたが、
 部活の活動の一環で、お年寄りのお宅を訪問する機会があったそうです。
 ロボット作りをするときのヒントとして、
 解決してほしい困りごとはないか、と尋ねに回った

 そのとき多くのお年寄りは、「孤独の辛さ」をはなしていたそうです
 その話を聞いたとき、吉藤さんは自分が引きこもっていた時を思い出した
 そして、そのときは人工知能を使えば孤独が解消されるんじゃないか、と考えたそうです

 彼は当時、
 「人ってコスパ悪い。
  人間の友達は、作るのも大変だし、外に出ないと見つけられない。
  でも人工知能は効率がいい。
  自分に都合のいいプログラムの友達を作れば、それで一生幸せになれる」
 と考えたそうです
 
 …しかし。ここで彼は壁にぶつかる
 「どんな言葉をかけられれば幸せだと感じるのかが分からない」と。
 
 彼はこの時のことを
 「当時、ずっと引きこもってプログラムを作っていたので、リアルな友人が誰もいなかった。
  他人のコミュニケーションの取り方が全然わからなかった。
  雑談できるプログラムを作ろうにも、
  雑談する意味がそもそも分かってない」と。

 うーん、たしかに「効率がいい」とか「自分に都合のいい友達」という発想がちょっと引っかかる。
 
 スタジオで、当時なぜ他人とのコミュニケーションが苦手だったのか、と聞かれると
 彼は 
 「人と自分を比較しちゃうし、悪い方向に考えてしまう。
  誰かがすれ違った時ひそひそ話していたら、
  自分のこと悪く言ってるんじゃないか、と思ってしまったり…」と話していました。

 要するに、自意識過剰になるんでしょうね。
 私も小学校高学年くらいのときはそうだったなあ。
 一人で行動するのが好きで、仲良しグループとかめんどくさくて一人で本を読んでたが、
 心の中では「自分はみんなに変人と思われているんじゃないか」とけっこうびくびくしていました(笑)

 ゲストの山田さんのほか、市川紗椰さんがいらっしゃって、
 お二人と司会の山ちゃんも人見知りだからわかる~とおっしゃっていましたが
 山ちゃんがこのときタモリさんの名言を紹介していました

 タモリさんによると、「人見知りは最高の才能だよ」と。
 「人見知りの人は、相手のことをすごく気にするから、実は優しい人なんだ、と。
  だけどその一歩先を行って、こういう風にやったら相手は喜ぶんじゃないか、と考えればいい。
  人見知りの一歩先を行くともっといい、て」

 …なるほど。相手のことが気になるのは優しさ故なのかな?
 ただ、自分がどう見られているか、じゃなくて、
 相手のことを思うようになれればいいのかな。

 そういえばそれに関連して思い出したんですが、
 私最近、他人にしたことがこれで良かったのかな…と後悔していたときに見た
 ダライ・ラマさんのお言葉が、とてもいいなと思ったので紹介しておきます。

 「他人を思いやれば、他人との健全なかかわりを遮る壁も打ち破れるのです」

 「他人に下心なく向かい合うときには、恥ずかしさや不安もずっと少なくなるはずです。
  自分の中の扉をあけられたなら、
  これまで自分のことで頭がいっぱいだったのが、
  急に自由に、そして、自信が深まっていくのが感じられるはずです」

 自分がどう見られているかな…とか、
 相手が悪く思ってないかな…とか考えたりしないで、
 ただひたすら相手のことを思えば、それだけで自分は満たされるはず、
 恥ずかしさや不安も無くなるはず、と。

〇大学への進学
 さて人とのコミュニケーションがうまくいかないことで行き詰っていた彼ですが、
 そんな彼に渡邊さんから電話がかかってきたそうです
 渡邊さんは、「早稲田大学に君を推薦したいから、受験して見ないか」と意外なお誘いのお言葉。

 渡邊さんによると、
 「当時は科学や技術の分野で世界に立ち向かっている人材がいなかった。
  彼はそういう人材になれると思った」そうです
 そして「僕に人生を預けてみないか」とおっしゃったそうです。
 
 吉藤さんは受けます、と返事をし、見事入試に合格する

 2007年、吉藤さんは早稲田大に入学
 当時彼は
 「自分は会話するロボットを作ろうとしているのに、
  そもそも会話するおもしろさも分からない、
  情熱という言葉の概念の意味も、友情の概念も分かっていない」
 と思い、人と交わろう!と決意して、いろんなサークルに入ったそうです

 社交ダンスなどのスポーツなど、いくつも入ったが、
 結局合わないな、と思って数か月でやめていった
 しかし吉藤さんは、チャレンジするのが大事、やってみないと何がダメか分からない、と考えていた
 「人の言うことは気にしない、というルールを自分の中で立てた」と。
 
 さらに、「大学は何千人も人がいるので、いろんな人がいるのもよかった」
 いろんな人がいるので、合わない人もいるけど、合う人もその中にはいる、と。
 当時黒い白衣も着ていたそうですが、
 その姿や折り紙を渡してドン引きする人は、その後も合わないからもういいか、と。
 逆に面白いやつ、と思ってくれる人もいた、と。

 市川さんも、機械オタク、鉄道オタクなのでドン引きされることもあったそうですが
 「鉄道雑誌を早めに見せて、それで引くやつは早めに去ってもらう(笑)」
 とコメントしていました(笑)

 私も大学行ってから、かなりいろんな人に出会って楽になりました…
 こんな私でも話を聞いてくれる人はいるし、
 自分より変わった人(いい意味でね)はたくさん世の中にいるんだなあ、とか…
 合わなければそれはそれでいいや、とも思えるようになったと思う。

〇人との絆を知った体験、再びロボット開発へ
 さて彼のそんな大学時代ですが、
 夏休みの間だったか、生まれ故郷の奈良の野外活動センターでアルバイトをされていたそうです
 その野外活動センターでは、週末に遊びに来る家族連れなどのために、
 キャンプファイヤーなどのイベントの運営をするスタッフをしていた

 イベントを成功させるには、スタッフ同士のチームワークが重要だった
 そのため、連日夜中まで膝を突き合わせて、互いに本音でぶつかりあった
 そんな中で、人づきあいが苦手な吉藤さんも、自分の本音を相手に出すようになってきた。
 いつしかスタッフの方たちと「かけがえのない友人としての絆が育めた」
 将来の夢も素直に語り、それに賛成や共感もしてもらえたそうです。

 彼はそのとき、
 「初めて情熱の意味とか、友情の概念が理解できた。
  損得じゃないんですよね。損してもいい、と思える。
  こんな変わり者でも、仲間として迎えられることがあるんだ、と初めて思った」と。

 人同士の絆の大切さを知った彼は、
 改めてコミュニケーションのためのロボット開発を再開する
 しかし今度は、人工知能は使わず、
 生身の人間と生身の人間のコミュニケーションを介するロボット、というのを考えたそうです

 彼は製作費を工面するために親から借金し、奨学金も取り崩し、食費も削った
 授業にも出ずに1年半製作に打ち込んだそうです

〇OriHime(オリヒメ)
 その結果できたロボット「OriHime」(オリヒメ)がスタジオにありました。
 見たところ、小型の頭と手足のあるロボット、なのですが
 このロボットとつながっている端末(パッドみたいなの)では、
 ロボットの目から見える画面が写し出されている
 ロボットの顔や目を動かすと、画面の見える範囲もそれに合わせて変わる
 また、端末を触っている人は、ロボットの手足を動かすなどの動作もできる

 ロボットをスタジオにおいて、
 別室にある端末を山田さんが操作していました。
 
 山田さんは「みんな見えますよー」
 山田さんの声がロボットの口から出てきて、みんなと会話できる
 スタジオのみんなの会話は、ロボットについているマイクを通じて端末側に伝わる
 山田さんは手足を動かして、ご自分のギャグの動きもしたりしていて、
 「なんかこのロボットが山田さんに見えてきますね」とみんなおっしゃっていました

 ただ、このロボット、開発当時は評判が悪かったそうです。
 吉藤さんが、完成品を研究室に持っていくと、先生たちはあまりいい顔をしない
 「人工知能を使っていないし、
  人と話すだけのロボットなら、テレビ電話でいいんじゃないの?」と。
 
 吉藤さんによると
 「工作ものとしてはA+だけど、これは遊びであって研究ではない」と言われたそうです
 また「使おうと思っても、必要としている人とのつてが学生の僕にはない」と。

 しかし、困り果てている吉藤さんに救いの手が差し伸べられた
 それは結城明姫さん、という学生の方。
 彼女は高校の時、流体力学の研究で全国1位を取ったという秀才だったそうです

 彼女は吉藤さんに出会った時、
 薔薇の折り紙をいきなり手渡されたそうですが 
 そのとき「面白い!私も作りたい!」と思ったそうで、
 吉藤さんは変な人、とは思わず、面白い方だなという印象だったそうです

 彼女はOriHimeを見た時、「面白い、これ私が欲しかったものだ」と思ったそうです
 彼女は3か月間、結核で入院していた時期があり、
 あのときこれがあれば、と考えたそうです

 そして、彼女はそのときしていた研究の道を捨てて、吉藤さんとベンチャーを起業する
 結城さんの勧めで、吉藤さんは学生起業家選手権にOriHimeを出品する
 そしてなんと優勝してしまったそうです

 そのあと、ある病院でOriHimeを試したい、という申し出があった
 白血病で入院していた小さい男の子のご家族が、
 家族も入れない無菌室にいる彼とコミュニケーションをとりたい、と。
 吉藤さんは、1週間貸し出すことにしたそうです

 その4日後、病院から吉藤さんから電話がかかってくる
 機械の故障かな?と考えていたら「もう1週間延長していいですか?」と。
 かなり好評だったんだそうです。
 ご家族のアンケートが実際映っていましたが
 「テレビ電話とは違って、
  ロボットの動きを見ると事で、より子供を身近に感じることができました。
  気軽に使えました」

 吉藤さんは
 「今まで人に喜んでもらう、という体験が少ない人生だったので、
  嬉しいと言われたときは、自分を肯定してもらえた、と思った」

 実際スタジオで使っていた山田さんは
 「たしかにこれ、テレビ電話じゃないですよ」と。
 何が違うんですか?と聞かれ、
 「相手のリアクションに温かみがあるんですよね」
 自分の動きがロボットを通じて伝わることで、相手がロボットを自分のように扱ってくれる、
 それがこちらにも伝わってくる、と。
 吉藤さんは
 「僕はコミュニケーションはリアクション、という持論を持っていて、
  リアクションがあることで、相手の受け取り方も全然変わってくる。
  そうすると相手のリアクションも大きくなって、こちらのリアクションもより大きくなって…
  と広がっていくんですね」

 …なるほど。見ているだけだといまいち凄さがわからなかったんですけど(スミマセン)
 人間の生のリアクションが、そのままやり取りできるのがいいのかな。
 コミュニケーションはリアクション、という言葉になるほどと思いました。
 遠隔のコミュニケーションってどうしても表面上のやり取りになってしまう、
 だから誤解も増えてしまうけど、
 これだと対人コミュニケーションに近くなるのかな、と思いました。
 個人的にテレビ電話はなんか恥ずかしくて苦手なんですけど、これだとやりやすいのかな。

〇人の存在が、人生を変える
 吉藤さんは、OriHimeをレンタルする会社を作り、
 国内外に貸し出しをしているそうです
 
 例えば、遠すぎたり、健康上の理由で孫の結婚式に出られないおじいさん、おばあさん。
 実際OriHimeを通じて結婚式に参加したおばあさんは、
 嬉しそうに「おかげで孫の結婚式が見られました。死に土産だよ」と話していました

 また、働き方改革の一環で、
 子育てや健康上の理由で職場まで行けない人が、仕事に参加する手段にも使われている
 ある方は、「骨折したときこのロボットの良さを実感しました。一緒に仕事するのが実感できた」と。

 吉藤さんはこのロボットの良さについて、

 「みんな情報に価値がある、と言いますけど、
  僕が敢えていいたいのは、
  「存在そのものに価値がある」ということ。
  あの人がこの瞬間、ここにいてくれる、
  そのことに価値があると言いたい」

 単に一緒におしゃべりする誰か、じゃなくて
 生きている、かけがえのない「この人」の存在を感じられる、 
 それがこの分身ロボット、OriHimeの良さだ、と。

 山田さんも
 「それはすごい思いました。
  僕自身、引きこもっていてつながりの切れたことのある人間で、
  だからこそそのつながりのかけがえのなさが良く分かる。
  よくわかって作っているな、と感じる」

 改めて、なぜ逆転できたのか?を聞かれて
 「僕は人工知能を使うのを止めましたけど、
  その理由は「人生を変えるきっかけは、人がもたらす」と思ったから。
  人と出会ったりだとか、そういったことへのあこがれを持ったり、
  憧れと出会いの機会を無くすと人間は何もできない、と思う。
  僕も、適切な時にあの人に出会えたから今の僕の人生がある、といういろんな方に出会えて、
  それが社会復帰のきっかけになった」

 「きっとその方々も喜んでいらっしゃいますよ」と言われて「嬉しいです」とおっしゃっていました

 彼は今、新しいチャレンジをしている
 それはOriHimeを使ったカフェのオープンでした。

 店員の一人の女性は、筋肉がだんだん衰えていく病気の方ですが、
 OriHimeを通じてカフェのお客様に接客をしていました
 (ご本人はご自宅のベッドで寝たきりで、遠隔で操作をしているが
  カフェではロボットがコーヒーを運んでいる)
 「今日初めてのバイトです」と話して、
 お客さんに「初めてのバイト代は何に使うの?」と聞かれ
 「お母さんに、マックカフェオレをおごってあげたい」
 同席していたお母さまが涙ぐんでいました…

 かつて引きこもりだった吉藤さんですが、
 今は彼の周りには志を共にするたくさんの仲間がいる…というナレーションで終わっていました。

〇感想など
・最近、人工知能AIに心や意識を持たせよう、という研究も進んでいる中で、
 敢えてAIを使わない選択をしたのが面白いと思いました。
 というのは、意識や心の部分は機械には無理だ、そこは人間しかない、という潔さみたいなのを感じたので…

 私自身はAIは意識や心は持てない、と最近は思っていて、
 なぜかというと、意識や心は身体的な感覚とか、生存本能などから来ているものだと思うから。
 たとえば、嬉しいとか楽しいとかいう感情は、快の感覚から来ているし
 悲しいとか苦しいとかいう負の感情は、不快感から来ているが
 元々は生存に結びつく感覚が快、死に結びつく感覚が不快、だったのだろうと思う。
 他人と協力したい、という思いも、もとはと言えば人間が一人では弱くて、
 集団でいる方が生き延びられたから生まれた感情なのだろう、と思う。
 
 そこから一歩進んで、他人やみんなのためなら、自分の命を投げ出してもいい、という思いが芽生えた一方で、 
 やっぱり自分の欲を優先させたい、という生存本能も残っていて、
 その間でせめぎあっているのが人間なのかな、と思うのです。
 
 だから体や命のない人工知能には、苦しみも嬉しさも生まれないし、欲も生まれないし、
 そこから生じた他人への思いやりとか、その思いやりと自分の欲との葛藤なども
 生まれることは無いのかな、と思う。
 
 吉藤さんは友情について「損得じゃない、損してもいいんですよね」とおっしゃっていましたけど、
 まさにそれが人間の心の複雑さでもあり尊さでもあり、不思議さでもあるのかなと思う。
 そして、それを吉藤さんが身をもって実感したからこそ、
 AIを使わない選択に至ったのかな、と思います。

 (とはいえ、私はAIに意識を持たせる研究とか、対話AIなどの研究は必要ない、とは思っていないです。
  AIに意識を持たせるのは無理じゃないの?と思うようになったのも、
  そういう研究の話を色々聞いたからこそですし、
  人間の心を知る、という意味ではとても意義ある研究だと思っています)

・「情報に価値があるのではなく、その人がそのとき、そこに存在していることに価値がある」
 という吉藤さんの言葉にはグッときました。
 「存在」といっても、テレビ電話よりも分身ロボットの方がいい、ということからすると、
 単にそこに座っているだけではなくて、
 その人の反応、つまりその人が感じていること、思っていること、息遣いが感じられることに意味があるのかな、と思う。
 ときどき私は「自分って存在する意味があるんだろうか、何を成し遂げたわけでもないし…」
 と思うときもあるが、
 自分が何かを見たり聞いたりして、それに何かを感じて、
 それを表現すること、何かを発することだけでも、意味があるのかなと思いました。
 誰かと何かをすること、どんな形でもいいので関わりあうことに意味があるのかな、と。

 「人生を変えるのは、人との出会いだ」という言葉も心に残りました。
 もしかして、自分が今日明日に出会った人に対して、自分が何かを伝えること、関わることで
 その人の人生をなにがしかの形で変えることがあるのかもしれないし、
 あるいは自分の人生が、誰かとの出会いで変わることもあるのかもしれない。
 そう考えると、いろんな出会い、毎日の出会い、あと自分の発するもの、他人から受け取るものを
 これから大事にしていきたい、と感じました。

色々と勉強になりました。
というわけで今回はこの辺で。