びぼうぶろぐ。

基本的に自分の備忘録のためですが、同時にどなたかのお役に立てればと思いながら書いています。

NHKBS1「欲望の資本主義2020~日本、不確実性への挑戦~」

NHKBS1「欲望の資本主義2020~日本、不確実性への挑戦~」

毎年正月の風物詩となりつつあるこの番組、
そろそろネタ切れか?毎回大変だろうなぁ、
…と思いつつ今年も見てしまいました。

今回のテーマは日本です。
前半は昨年話題になっていたMMT理論と、
第二次安倍内閣発足時行われた、日銀の異例の金融緩和策の話が中心でした。
後編はいまいち言いたいことが分かりにくかった
(資本主義には行き詰まりがある、ということか)のだが、
去年夏ごろ放送されていた「欲望の貨幣論」の話も入っていました。

MMT理論は去年の夏ごろ「Newsweek」で特集されていて、
要は財政赤字やインフレを気にせず、
お金をじゃんじゃん世の中に流せば景気が良くなるよ、という理論で、
日本の異次元緩和政策がそのお手本とされ、
そういう意味で日本が注目されているんだとか。

個人的には、MMT錬金術っぽくて、ちょっと眉唾かなと思っています
というか、資本主義自体が今後無くなるような気がしていて、
MMTも異次元緩和も、その延命策にしか見えないのですよね。
去年まで話されていたポスト資本主義の話も出てきたら面白かったのだが…

とはいえ毎年取材など、大変だとは思います。。

前座としては、
2017の「欲望の資本主義」ではアダム・スミス
2018にはシュンペーター(創造的破壊)、
2019にはハイエク(自由市場)、
そして今回の2020は日本のこれから、という紹介がありました

<前編>
○第1章「新「冷戦」の中、日本は?」
 この章では、日本ではかつての勢いは無くなっているね…という話でした。

 最初に登場するのは
 スコットランド歴史学者でジャーナリストのニーアル・ファーガソンさん

 彼は経団連の建物での会議で、話題は米中対立の話。
 米中は「長期的には冷戦のような状態に向かっている」と分析。
 そして
 「米中の仲が悪化するにつれ、日本の立場の有用性が高まるが、
  同時に日本への経済的な圧力も高まるだろう…」

 インタビューでは
 「多くのアメリカ人は、日本の有用性を見過ごしている。
  もしかしたら日本人も過小評価しているかもしれない。
  とんでもない、日本の経済はイギリスの2倍だよ?」

 「1990年代に時計の針を巻き戻してみると、
  第二次大戦後に最も強力だった日本が、定常状態に入ったようになった」
 少子高齢化心理的にも成長への期待がしぼみ、
 「国の平均年齢が上がると、国全体の心理も落ち着いてしまうのかもしれない」
 と分析していました

 次に登場したのはフランスの経済学者のジャック・アタリ氏。
 広島、世界経済人会議で来日されていた時のインタビューでは
 「1975年に初めて日本に来日したが、あの頃と比べると日本は変化した。
  40年前、日本はアメリカを越える大国になると思われていたが、今は違う」

 「私たちの研究機関は毎年社会の潜在力、未来への持続力を47の要素から測っている。
  上位はスカンジナビアの国々、私の国フランスは20位。
  日本は残念ながら5年ほど前からほぼ最下位です」
 
 彼が日本の課題として挙げていたのは
 「極めて低い出生率、人口減少、増え続ける巨額の公的債務、女性の社会的地位の低さ」
 など…
 
 次に語るのはチーフ金利ストラテジストの森田長太郎氏
 「バブルの頃、日本は4%成長だった。
  しばらくすると2%になり、今は1%以下」
 「日本経済が安定していても、景気がいいと感じられないのは当たり前です。
  経済成長は、人口増加率(消費者の増加率)×生産性ですが、
  人口が増えないなら、生産性が上がらないと成長しない。
  もちろん、人が減っても一人あたりの所得が増えるなら豊かになるが、
  実際は賃金は延びていない」

 「これはデジタル経済が影響していると思います。
  賃金はAI開発者や開発企業が独占している。
  これはまだまだ加速すると思う。
  人間の労働に対する対価は上がらないでしょう」

 うーん、日本にとっては暗い話から始まります。

○第2章「二極化する歪なタワー」
 次も格差拡大についてのくらーい話です…

 まず登場するのは、システムエンジニアを経て経済学者になった井上智洋氏。
 東大本郷キャンパスにて開かれたワークショップ「純粋機械化経済とアジア」で、
 彼も平成元年に比べ、日本企業は勢いがない…という話をしている
 1995年のインターネット元年でも
 日本ではデフレ不況が続いていて、企業が先端技術を取り入れたり産業に投資する力が無かった、
 というような講義をしている

 彼はインタビューで
 「僕は大学でも教えていますが、卒業生の4人に1人は過酷な職場にいる。
  ツイッターなどで書かれるのは
  「ストレスで体がおかしい」「こんな上司にパワハラを受けた」「残業で寝る暇がない」など…」

 「そもそもサービス残業という言葉がおかしい。
  仕事をさせるのにお金を払わないのは、奴隷と同じで、
  これは奴隷残業と呼ぶべきです」

 「食うに困る貧困が著しく増大しているわけではない。
  でも平均所得の中央値の半分以下の収入で暮らす、いわゆる相対的貧困はかなり増えている。
  つまり日本でも格差は増大している」

 「世界的にもGAFAのような企業に勤めてお金を稼ぐ人と、
  稼げない人との格差が開いている。
  これは情報化社会の必然です。
  工場のラインの前に並んで作業するとき、
  手早い人とそうでない人の差はせいぜい2,3倍だけど、
  今はプログラミングができない人とできる人は100倍の差がついてしまう」

 次に登場するのは、経済学者ジョゼフ・スティグリッツさん
 2017年「欲望の資本主義」でも登場していて、
 安田洋佑さんが当時と同じくインタビューしていました
 「前回あなたはアダム・スミスの誤りを指摘していた。
  「彼は現代経済の光と影を想像できないはず」と。
  あれから3年以上たちましたが、資本主義の現状をどう見ていますか」

 スティグリッツ氏は「様々な面において悪化した」「明らかにシステム的にうまくいっていない」と…

 「資本主義は本来民衆のためにある、
  つまり権力を分かち合うための民主主義制度の1つである。
  利潤は手段であって目的ではない。
  しかしアメリカ式の資本主義はそうではない。
  ほとんどの人々はおざなりにされ、非常に少数の人の権力が増大した。
  経済的ではなく政治的な不平等が拡大した。
  利潤は人々のためにはならなかった」

 スティグリッツさんによれば、資本主義は経済の民主主義で、
 みんなが豊かになるための制度であるはずなのに、
 今は一部の人たちだけが豊かになっているだけだ、と…

 安田氏が10月の日本の消費税増税(取材時は8月だったそうです)について聞くと、
 「日本にとっても世界にとっても、非常に苦しい時期の増税だ、
  なぜなら今後経済は停滞する」と。
 アメリカやヨーロッパもごたごたしていて、中国は減速傾向…
 「トランプの保護主義はイランなど他国との戦争だ、
  これが世界的な不確実性を生む。
  投資が滞り、世界経済は減速する」
 
 「人々への説明が必要だ、アジェンダがないといけない。
  10年で日本がどこに向かうか、のね」

 冒頭に登場した歴史学者ニーアル・ファーガソンさんは
 「映画の黎明期に作られた、「メトロポリス」という素晴らしい映画がある。
  現代社会のメタファーが描かれている」

 1927年のドイツ映画だそうで、ストーリーは
 「メトロポリスとは大きなタワーで、
  ペントハウスのスイートルームのような最上階の部屋に人々が集まる」
 この映画では、100年後の未来都市が描かれ、
 そこでは知識階級と労働者階級が引き裂かれているらしい…

 「全ての現代都市に共通する緊張関係がある、
  裕福なエリートと貧しい民衆との緊張関係だ」
 「今でも、香港やサンティアゴベイルートなどで色んなデモが起きている。
  どれもエリートは塔のなかで一見支配的に見えるが、
  その下にいる民衆は、指導者のないネットワークを作っている、それは革命だ」

 日本でも、世界でも、格差が広がっている…

○第3章「救世主か?新理論の波紋」
 この章では、MMT理論の話が出ていました。

 アメリカのオカシオコルテス下院議員の演説では
 「政府の支出は、税収で相殺される。
  インフラに1ドル投資すれば、1ドル以上の利益を得る」

 彼女の話の根拠となるのはMMT(Modern Monetary Theory、現代金融理論)
 ランダル・レイ氏は
 「国の借金は恐ろしいものではない」と語る
 洗面器に水を流すタンクにたとえられて説明されるそうで、
 洗面器は市場、タンクは国家のお金。
 洗面器に水があふれない程度にどんどんタンクから水を供給すれば、
 世の中に水がいきわたる、というもの

 提唱者の一人、オーストラリアの経済学者、ビル・ミッチェル氏がインタビューに答える。
 「MMTが現在のように体系化した起点は25年前だ」
 といい、
 「1992年から昨年までの日本の財政収支のグラフ」を示す。
 日本において財政赤字が続いたことについて、
 「お金が尽きる」「ハイパーインフレになる」「政府の支払いは不可能になる」
 などと言われたが、
 「しかしそれらは1つも無かった。
  つまり今の主流派マクロ経済学に欺瞞がある」と彼は言う。
 「なぜ政府は負債を増やし続けるのに、
  負債は問題にならないのか、インフレにはならないのか」

 安田氏が彼にインタビューしていて、
 「主流派の経済学とMMTの違いは?」とミッチェル氏に聞くと
 「主流派の考え方、教え方、表現は、
  政府は大きな世帯のようなもの、というもの。
  しかし、この間違った仮定から始まると間違った命題になる」

 「たしかに世帯として考えれば、
  お金を使うには所得がないといけない。
  貯金を使ったり所有資産を売ったり、収入を増やさないといけない。
  一方で日本やオーストラリアでは、政府は独占的に通貨を発行している。
  それは特別な能力で、経済的な制限はないはずだ。
  その通貨で取引すれば何でも買える。
  たとえば失業している人の労働力とかね…」

 つまり、政府には通貨発行権があるので、
 いくらでもお金を供給できるはずだ、と。…

 (私は経済について素人なのでよくわからないが、でもこれって、ハイパーインフレにならないんですかね?
  フランス革命のころのフランス政府がしていたし、
  最近では南米の国がしていませんでしたかね?)

 一方、アメリカの歴史学者、ジェイコブ・ソールさんはこういう。
 「MMT?やってもいいけど他でやってくれよ」

 「私はギリシャの財務危機の時、ギリシャの政府と仕事をした。
  ピケティのチームが、政府の資産額を2000億ドル間違えて計算していた。
  彼らは理論を使っていただけで、正確な会計をしなかったんだ。
  これはピケティの批判じゃない、
  計算を怠る経済学者たちへの批判だ」
 
 「僕は怖くなるよ、日本の皆さんがメサイア(救世主)が救いに来てくれるのを待っていて、
  MMTが全ての問題を解決してくれる、と思っているのかと」
 そんなことはありえない、と彼は強く批判する。
 
 彼は日本について
 「たしかに問題はある、巨額の債務、人口減少、長期的な経済危機…」
 しかし、そのためには短絡的な解決策に飛びつくべきではなく、
 収支を合わせる、という会計学の基礎をきっちりやるべきだ、という。

 「日本がお金を使いたいならば、効率的に使う必要がある。
  まずすべきは正確な財務管理、公的債務管理、
  どのくらいの債務ならやっていけるかを計算することだ」

 ここからは、MMT擁護派であるミッチェル氏と反対派のソール氏の意見が交互に紹介されている。
 ミッチェル氏は安田氏とのインタビューで
 「政府の支出と歳入の関係は、民間の収支とちょうど逆の関係だ。
  つまり政府の財政赤字は、民間の黒字を意味する」
 財政赤字なのは、民間が儲かっていることの証拠で、
 アメリカも日本もオーストラリアも、歴史上財政赤字の期間の方が長い、と。

 一方ソール氏は
 「好きなだけ日本円を発行したら大惨事だ、
  なぜかというと誰も投資しなくなるからだ」と。
 MMTがうまくいくには世界中がMMT政策をとるべきだが、
 世界の投資家は誰もMMTを信じないので、そんな国に投資する人はいない、と。

 ミッチェル氏はハイパーインフレの危険性は自覚していて
 「政府支出の唯一のルールは、民間の生産力に見あうようにすること。
  しかし度を過ぎてはダメで、支出が度を過ぎると、大インフレになる」とは言っていました

 MMTに対して、経済学者たちはどうか。

 ジャック・アタリ氏は
 「貨幣の量についての確かな理論はこの世界には存在しない。
  財務がGDPの三倍になれば大惨事が起きるかは、理論では分からない」
 やってみないと分からない、という。

 「しかし限界はある。
  成長を促すためお金を供給しても、いずれ見かけ倒しの経済成長が崩壊する。 
  すぐ起きるとは言わないが、
  インフレが起きにくい現代だからこそ、制御不能なインフレが起こりうるのです」

 また、スティグリッツ氏は
 「短期的には、供給生産能力の限界まで経済を刺激するのは良いと思う。
  アメリカにはもっとアグレッシブな刺激策が必要だ…
  しかしMMT理論は、その議論のほんの一部だろう」

 「我々はもっと金融を拡大してよい、というメッセージは分かる。
  例えば現在のように連邦準備銀行が銀行にお金を貸すよりも、
  政府がお金を貸してインフラを整備する方が効果的だ。
  汚職や浪費を防ぐための非常に強力なガイドラインが必要ですがね」

 「ですが、お金を本物の需要を創造するために使えば、本物の変化が起きるでしょう」

 何らかの経済刺激策は必要だが、必ずしもMMTである必要は無い、という感じでした

 一方、根本の議論を忘れている、という指摘もある
 森田長太郎氏は、
 MMTのように、国家がお金を市場に投入するのは、そもそも市場への国家の介入ではないか、と指摘する

 「経済は、ある時期に需要が余っていたとしても、
  市場メカニズムである程度自然に解消できる」

 「需給を国家が調整すればいい、というのは、言い方はきついが全体主義になる。
  国家が介入すれば一番よい状態になる、と信じる人がそういう考えを持つ。
  じゃあ全ての人が同じ収入を持つ、そのために政府が介入する、となれば、
  それは共産主義だ。
  共産主義がいいという人もいるが、
  そうじゃなくて、弱者にも一切手をさしのべるべきでないという人もいる。
  リバタリアンはそういう考えですね。
  
  その間で、たぶん我々は妥当な解を求めてもがいている。
  MMTはこの一番大事な議論を完全にすっ飛ばしていると思う」

 国家の介入を許すべきか、そこから議論した方がいい、と…
 そうなると、リーマンショック後の世界各国の市場介入の是非も
 問われることになるな…と思います。
 (リーマン危機は去ったのに、国家はケインズ的な政策をしすぎ…という話は
  「欲望の資本主義2017」の時にセドラチェク氏などがしていました)

○第4章「そして日銀が動いた」
 お次は日本の異次元緩和政策のお話。
 2013年4月、日本ではデフレ脱却のため、政府と日銀が共同声明を出した
 このとき、黒田総裁が「2%の物価安定目標」を出し、
 中央銀行が民間銀行から、かつてない規模で国債を買い取り、市場にお金を回すと宣言する
 また、安部首相も、「3本の矢」
 つまり、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する、
 という政策を打ち出す

 そこから7年、いまだ終了の話は出ていなくて、「この国で行われている壮大な実験」とナレーションではいう。

 当時の副総裁だった岩田規久男氏がインタビューに答えていました。
 今は金融に関するお仕事は「ご隠居さんです」だそうです…

 「金融政策は必要条件なんです、やらなきゃならない。
  日本は戦後デフレを15年続けた唯一の国なんです。
  大規模な規制緩和しないとデフレは脱却できない」

 彼は、金融緩和政策をすべきだった理由をこう語る。
 「ものの値段が下がっていい、というのは消費者の視点のことです」と。

 一方、生産者の視点でデフレを見ると、
 値段が下がるまで消費者は買わなくなり、需要が減り、 
 需要が減るので供給も減り、生産も減る。
 そうすると、生産者が必要ないので雇用が減る。
 
 岩田氏によると、日本は正社員の賃金を下げにくく、解雇もしにくい社会で、
 法律でも解雇しにくさが保証されている。 
 このため、どうしても非正規社員を増やしたり、新規採用を減らすことになる…

 「でも(日本の有権者は)消費者としての視点しか見えないから、
  安くなった、良かった、デフレの方がいいんじゃないとなる。
  働く人の立場として、日銀の政策を応援するとはならない、
  批判、足を引っ張る人がいる、そこが問題」

 一方、異次元緩和以前に日銀社員だった早川英男氏は
 「金融緩和の効果は、実はかなり限定的だった」と及び腰。
 「といっても異次元緩和について、私は根こそぎ反対ではなく、
  実験、ギャンブルのようなものだった。
  他に道がないからやってみよう、ということ。
  もうひとつは、やってみないとみんな分からないんだろうなぁ、と…」
 ダメ元でやった、という口ぶりでした…

 ここからは、金融緩和策賛成の岩田氏と、消極的な早川氏との話が交互に紹介されている。
 岩田氏は
 「(金融緩和策は)海外から言わせれば当たり前なんですよ、
  でも日本ではギャンブルだとかいって反対する」
 それから、2014年4月の増税(8%に上がる)について
 「増税は止めてくれ、消費を抑制するから」と反対したそうです
 「将来また増税となると、経済が上がらなくなると予想される、
  予想が低くなると、本当にそうなるというメカニズムがある」

 早川氏も増税については
 「たしかに、2014年の消費税増税が効いてしまった、というのはある。
  アベノミクスの最初から一年は、ある意味ユーフォリア(幸福感)を産んでいて、 
  それが冷めつつある過程で消費税が来た。
  実際GDPを見ても、2013年の終わりはマイナス成長だったんですよね。
  火が消えるときに消費税が来た。
  あと、IMFとかでは、金利を小刻みにあげていった方がいい…という人がいたけど、そうかもしれない」

 さきほどの森田長太郎氏は
 「金利を下げる政策をしたら、
  将来買おうとしている住宅や耐久消費財を先に買おうという刺激は起きる。
  でもそれは需要の先食いにすぎないのは誰が考えても分かる。
  政策を使うことに意味はあるが、
  使うべき時にピンポイントにやるのはいいが、
  永遠に需要を前倒しすることはできないはずですよね」

 岩田氏はこれについても
 「そういうことを言う人がいるから呆れる。
  需要は長期的に決まっているから、こちらでやっちゃうとこちらでなくなる、という。
  でも、人間の欲望は限りないんですよ。
  欲望はあるけどお金がないから買わない。
  だから所得を上げれば欲望はきりがない。
  お金を払えるようにしてやることは先止まりじゃない。
  もっと将来はこうやろう、買おうとなる」

 うーん。最後の岩田氏の発言は違和感を感じました。
 欲望は果てしない、というのはバブル前の人たちの発想ではないか、と。
 若い人たちは、あんまりモノにも執着しないし、見せびらかし消費もなくなっている。
 恋愛とかにも消極的だし、お金があってもそんな使うかなあ…と思うのだよね。

<後編>
 後編は、ガルブレイスとかケインズとか、昔の方の考え方も紹介されていました…
○第5章「異次元の苦闘」
 4章の続きで、日本の金融緩和策の話です。

 前編にも出ておられたスコットランド歴史学者ニーアル・ファーガソンさんは
 「バーナンキは言っていた、金融緩和は理論よりも実際の方がうまくいく、と」
 実際、歴史を見れば、金融緩和策をしたら民間の銀行預金は増えた、という事実はある。

 しかし、それには因果関係が本当にあるのか、とも彼は言う。
 「金融緩和は金利に対して有意義だったのか?
  あるいは金利はどのみち下がっていたのか?
  実際は検証が難しい」

 1970年代、自由主義の教祖フリードマンは、
 世の中にあるお金の量こそが景気の安定には大事だ、
 物価や賃金はお金の量次第だ、
 あたかもヘリコプターから紙幣をばらまくように、中央銀行が紙幣を供給すれば、
 人々は消費に走ることだろう、といった
 つまり国家介入を容認した。
 (一応、フリードマン自由主義ハイエクの弟子。
  ハイエクは徹底的に国家の介入を嫌ったが、
  フリードマンは政府とのつながりが強く、むしろ中央集権的な政策をとっていた…という話は
  「欲望の資本主義2019」でされていました)

 ファーガソン氏はヘリコプターマネーについて、
 「それはまだ試していない。
  その理由の1つはインフレを恐れていることだ」
 大胆な緩和をすると、大きなインフレを起こす懸念がある、と…

 経済学者、ジョン・K・ガルブレイスの言葉、
 「中央銀行は景気の後退や経済の収縮などに杓子定規な処方箋を用意している。
  しかしそれが有効であったためしはない。
  これこそ、最も信じられている悪意なき欺瞞だ」の紹介。
 
 経済学者や中央銀行が御託を並べたところで、実際やらないと分からない、ということか。
 じゃあ、日本での大胆な金融緩和策の評価は?というと…

 異次元緩和策の時の日銀副総裁、岩田氏は
 「1990年頃から2%のインフレが望ましい、と。
  そうすれば成長も雇用も良くなった、という経験がある。
  リーマンショックで経済は失敗したが、これをやることで復活は早い。
  それくらいインフレは悪いと思わない」
 この2%目標の達成のため、日本では1年間あたり80兆円のマネーを市場に投入してきた

 一方、緩和策に消極的な早川氏は
 「2014年の追加緩和は失敗の始まりだった」と
 「これは(太平洋戦争に例えると)ミッドウェーだ。
  最初の緩和はうまくいっていて、パールハーバーだったが、
  追加緩和がミッドウェー、ターニングポイントで事態が悪化した」

 一方、岩田氏は、金融政策は雇用の流動化も促進した、と話す。
 「これだけ正規社員の転職が出ている、
  今そういう競争を促進して転職する機会を作っている。
  金融政策はこういう経済の環境作りをしている。だからやめちゃダメなんですよ」

 「受験生にたとえると、外の寒い冬に雪の中で勉強しろ、といっても、手は動かない、頭は働かない。
  それでいい点がとれますか、という話。
  そうじゃないでしょ、
  いいコンディションの中で実力を発揮させるのが常ですよね」

 うーん。これって、金融緩和の最初の目的からなんかズレてきていて、
 金融緩和政策を正当化するための方便、に聞こえてしまうのは私だけ…?

 一方、早川氏は金融政策自体への疑問を呈する。
 「2%ではないが目標は達成されている
  一応物価は政府の試算でもプラスにはなっていて、特にデフレではなくなっている。
  最近の経済の実力、潜在成長率は、内閣府の推定では1%、日銀の推定では0.7%、
  1%いくかいかないかだが、それでも「実力」だ」

 「結局問題は、実力の低下がどこから来ているのか考え直さないといけない、ということ
  だれも考えようとしない。
  常に需要が足りないことにして、規制緩和や財政政策をすればいい、となる。
  でも僕に言わせれば、足りないのは需要ではなく実力」

 「金融政策は、結局時間を稼ぐためのものだと思う。
  アベノミクスでは、金融緩和でお金で時間を買っている間に、
  第3の矢で実力をつけるべきだったけど、もう7年ですよ。
  7年も時間をかけたのは大きい」

 早川氏の「実力」が何を意味するのか。
 たぶんかつての車や電化製品のような、主力産業で経済を活性化させる、
 そういう根本のところからやらないといけないよ、とおっしゃる。

 中国やインドみたいに、ITやエネルギー産業など強化する産業を、国家をあげて盛り上げる、
 くらいのことをやる必要があったのかもしれない、が、
 ちょっとアベノミクスで盛り上がってしまったために、油断したところはあるかも…

○第6章「成長の希望と呪縛」
 この章では、経済だけではなく、国としてのビジョンを持つべき、というような提起がなされていました

 かつても、資本主義が崩壊の危機に面したことはあった。
 それは1930年代の世界大恐慌で、アメリカでバブルがはじけ、世界に信用不安が広まる
 その後の世界経済を救ったと言われるのがケインズ

 彼は著書の中で
 「ルーレットや人の寿命、明日の天気などはリスクの問題だ。
  これに対して大きな戦争の可能性、20年後の経済状況、イノベーションの栄枯盛衰などは
  不確実性の問題だ。
  リスクと不確実性は違う。
  不確実性は確率の計算などできず、ただ「分からない」としか言えないのだ」

 歴史学者ニーアル・ファーガソン氏は
 「エコノミストたちは、歴史の複雑さを認めたくないのでしょう。
  エコノミストたちはシンプルな関係が驚くほど好きだ。」

 「やみくもにモデルを崇拝し続ければ、誤った予想をしてしまう。
  もう理解した方がいい、
  確率を計算できるリスクの範囲よりも、確率の分からない不確実性の方が範囲が大きい、とね」
 
 リスクにはケインズ的に対処できるが、不確実性には対処しようがない、ということか…

 森田長太郎氏は現代の不確実性について、
 「ありていにいうと、これだけ長く経済対策が取られているなかで、実力が分からなくなっている。
  その中で政策決定や企業経営がされている。
  この不確実性が一番大きいと思う。
  経済刺激策や景気政策で、根本の解決が先送りされてきた」

 「もっと深刻な問題は安全保障で、
  本当に国家が生存のために必要なのは安全保障。
  これに膨大なお金が必要になったときにいろんな需要を先食いにする」

 本当にすべきは、不確実な未来に対して何を作るか、どういう国にすべきか、
 を議論することだったのに、
 それを経済の問題だと勘違いして、対処療法をしていくうちに
 本当に未来が不確実になってしまった、ということなのだろうか…

 ジャック・アタリ氏も、経済政策ばかり取られている、と各政府を批判する。
 「経済政策より重要なのは、社会的流動性です。
  どんな家庭環境で生まれてきた人も、質のいい大学にいくチャンスがあること。
  世界中どこでも、経済政策ばかりに偏りすぎです」

 「人は現在の貧しさに対してより、自分の子供たちの将来の貧困に抗おうとする。
  豊かになれる可能性があれば頑張って働こう、となるが、
  もしどんなに働いても子供たちの将来に希望がないと思えば
  革命を起こすでしょう。受け入れられないのです」

 森田氏は少子化の問題についても話し合うべきだ、ともいう。
 「客観的な議論をする必要があるのに、
  日本は人口動態が歪になっている」
 「構造的に少子化で、どんどん人が減っている」
 「地方の現実を見れば、人口が減り高齢化が進んでいる、本社があった会社も都市に出ていく」
 森田氏は、この中で、成長一辺倒ではなく、
 ちょうどいいサイズの国土、人口はどのくらいで、
 そのサイズでどうやっていくかを議論すべきだ、と話す。
 「成長と言ってしまうとなにもできなくなる。
  ダウンサイジングの中でいかに安定的に地域を運営していくかが大きな課題だと思います」

 歴史学者ファーガソン氏は
 「日本のような社会は複雑系で、
  「社会的つながり」「市場経済」「現代国家の官僚制」の混合体だ」
 「複雑系を従来の線形数学で理解しようとするのは無理だ。
  非常に小さな衝撃やゆらぎが、複雑系をカオスへとひっくり返すのだ」

 「市場経済」だけでは問題は解決できない、ということか。

○第7章「迫り来る欲望のディストピア
 さて次は、前半でも少し話題になっていた、格差をもたらした情報産業が
 資本主義にも影響を及ぼすかもしれない、という話。
 将来来るかもしれない「評価経済」のディストピア

 ここで紹介されていたのは、経済学者の岩井克人さんの
 「欲望の貨幣論」でのインタビューがありました。
 「私が研究している間、GAFAが登場したんですよね」
 
 彼はGAFAの問題について、
 ガルブレイスの言葉と比較して論じていました
 ガルブレイスは、
 「重厚長大産業がこれからは大きくなる、
  広告は人の好みまで変えることで、テクノクラートを支配する世界になる」 

 「生産の増大に伴う浪費の増大は、人々の虚栄心を煽り、欲望を産み出す。
  高い消費水準は、生産の拡大期待を高める。
  すると今度は、生産者が積極的に宣伝や広告で欲望を作り出そうとする。
  こうして欲望は、生産に依存するようになる。
  資本主義は生産維持のために、欲望を際限なく作り出す」
 
 広告産業を手にしたことで、生産者側が欲望を生み出し、消費者を操作することができるようになった、…
 ということを指摘している

 岩井氏は、現代はガルブレイスのころより悪化している、と指摘する。
 「ガルブレイスの場合、広告で未来が変わる、というものだったが、
  今やGAFAは私たちの内面の好みを、私たち以上に知っている。
  ガルブレイスよりさらにディストピアな状況を作っている」

 ガルブレイスのころは、操作されることは自覚できたが、
 今やGAFAは、我々の無意識の欲望も暴き出す、と…

 MMTに反対していた歴史学者、ジェイコブ・ソール氏は
 「フリードマンが80年代に中国にいき、こう言ったそうだ。
  「政治的自由がなければ、あなたたちが富むことはない」
  私たちはフリードマンの言う通りだ、と思い込んでいた。
  自由にならない限り中国の人々が豊かになることはない、とね」

 「結局それは現実ではなかった。彼らは豊かになった。
  政府が多くの企業に指令するシステムでね。 
  これはある一定のレベルでではうまくいっている。彼らは極めて豊かになったよね」

 一方岩井克人氏は、このような中国を「監視社会」と呼んで危惧する。
 「今中国が向かっている監視社会は、
  ブロックチェーンの技術を使って、
  人々の取引や作業を全て記録して、評価する仕組みを作っている」

 「私は評価経済は最も恐ろしいディストピアだと思う。
  評価すれば、半分は平均以下になるから、際限ない評価の競争になる」
 
 とはいえ、人々がそれを望んでいるところもある…
 「でも目標設定をされている方が楽なんですよね。
  自分で目標を設定するのはある意味大変なんですよ」

 GAFAがデータ分析して、自分にあう広告を提供してくれるのも、
 自分で欲しいものを考えるのを放棄している、ともいえる。
 それを便利だなあとのんきに考えてしまいますしね…

○第8章「善意の経済のワナ」
 ここでは、経済は心理に左右されるもの、という話がされている

 岩井克人氏は、不況のメカニズムを説明する。
 「あまりに不安だと、人は具体的なものよりも可能性をためた方がいいとなる。
  これがケインズのいう流動性です。
  不安になると、いろんなものを手に入れられる手段であるお金を持ちたくなる。
  ものを買わなくなる。これが不況です」
 みんなが不安になれば、みんなが貧しくなる…

 そして岩井氏は
 「お金はよくよく考えると、本質的に投機なんです」と。

 「我々は日々投機とは思わずにお金を使っているが、深いところでは投機をしている。
  投機とは、たとえば不動産を買うのは、自分が使うためではなく他の人に売るために買う。
  この投機の定義を当てはめると、
  我々は500円玉を自分が食べたり眺めたりするために持つのではなく、
  他の人に渡すために持つ。
  これは最も純粋な投機です。
  お金も同じで、我々は他の人もお金を使うことに賭けている」

 貨幣の不安定性→市場の不安定性→資本主義の不安定性

 賭けだからこそ、不安に思う人が増えると、
 どんどん使われなくなり、経済が不安定になるのか…

 岩井氏はさらに、みんなが合理的に動こうとすればするほど非合理になるメカニズムは
 今後加速するのではないか、と指摘する
 「不純物のない貨幣を持った市場経済は、常に崩壊する危険にある」
 「パソコンを広げれば常にインターネットに通じて、
  人気投票的なことを常にやっている。
  いいね!が集まれば票が集まるが、これは最も不安定なこと…
  勝ち馬に乗れば勝ちだが、いいね!に根拠はない。
  個人の合理性が全体の非合理性を生む」

 一方、森田氏は、心理に左右される不安定さは、政治にも通じる、と指摘する
 「本当はマジョリティ全部を満たすような政策は、あり得ないかもしれない。
  何となくそれがあり得るようなプロパガンダがされて、
  全ての人が投票すれば、それで政権ができてしまう」

 「サイレントマジョリティは、
  本当は提供できないはずの豊かさ、楽しみを提供、あるいは阻害しているという形で
  仮想敵を作ってしまう、そうすると、それが政治的パワーを持ってしまう」

 「もしかしたら、仮想敵の中から自分達の利益ができてくるんじゃないか、と。
  日銀がサボタージュしているから国民が貧しくなっているとかは、世論による仮想敵ですよね…
  官僚バッシングも日本は強い。財務省が不必要な増税をしているとか…
  金融緩和政策も、そういうものを含んでいるんじゃないかと思います」

 需要の不足、という仮想敵を世論が作るから、間違った金融政策がとられるのか。

 「民主主義であるからこそ起こっている事象というか、
  経済においてはそういうことがあると思う」

○第9章「根拠なき飛躍」
 この章でも、経済は心理が駆動する…という話でしたが、
 前章では少し暗い話だが、この章は少し前向きです。

 ケインズは、数学的モデルで一時代を築いたが、
 一方で人間の活動とは、数字よりも動物的精神が駆動力になる、と指摘している

 「人間の活動の殆どは、それが経済的なものであっても、
  数学的期待値などではなく、
  自然と沸き上がる楽観に左右されるのが事実だ。
  いつもそれゆえの不安定性を抱えている。
  それはアニマルスピリッツ、動物的精神と呼ぶべきものだ。
  人々を活動に駆り立て、人間本来の衝動の結果として生まれるもので、
  計算の対象にはならないのだ」

 人間の心の底に眠る生命力、根拠なき精神のジャンプこそが資本主義を駆動してきたものなのだ、と。

 岩井克人氏は、
 「将来に対してなにも根拠はない、ないけどポジティブな方にかけるのが、アニマルスピリッツ。
  それが、これだけ不確実で不安定だらけな世界のなかで
  資本主義がある意味発展してきた理由」

 経済は、人間の心理が駆動するものだから、不確実性を持つ。
 しかし、だからこそ、ゼロに近い可能性でも挑戦したり、希望をもって盛り返すこともできる、
 ということなのか。

 「岩井は、根源的に不安定性を抱える資本主義に、あえて不純物を投入しようとする」というナレーション。

 「今までの経済学は、人間関係は契約がすべてだと考えようとしてきた。
  契約は自由の原則で、嫌なら結ばなければいい、お互い得するから契約する、と…
  いわばアダム・スミスの「見えざる手」のミニチュア版なんですね。
  しかし、資本主義がこれでグローバル化してきて、いろいろ出てきたとき、
  どうやら中核の問題は、契約では片付けられない。信任、信用の関係になる」

 「たとえば救急で運ばれてきた患者さんに対して、
  お医者さんにとっては自分の論文のいいサンプルになるんだけど、それを抑えて命を救う。
  そうすると、患者さんは信頼して命を預ける、
  お医者さんはその信頼に応じて自分の利益をおいて治療する、
  お互いに信頼による関係なんですね」

 「契約ではなく信用すること、
  それは数字ではなく人にかけること」というナレーション。

 岩井氏は
 「ケインズは、
  過去を知っていて現在を知らない人と
  現在だけを知っていて過去を何も知らない人は
  どちらが保守的になりうるか、と質問している」

 「ケインズは、現在だけを知っていて過去を知らない人間が保守的になりうる、と言っている。
  過去だけ知っていて、現在を知らない人の方がより進歩的になりうる、と。
  なぜかというと、旧約聖書にある「太陽の元になにも新しいものはない」」
 つまり未来は分からない、過去から学べ、と。

 「もちろん一つの見方としては、ビッグデータに未来を占わせるようなところがある。
  やはり未来は予測できない、過去の中に未来を知るヒントが隠されている、ということ」

 「思想の歴史を学ぶことこそ、精神の解放のために必須の準備作業である」
 ケインズ

 不確実な世の中でも、昔の歴史や思想を学ぶことで得られるものがある。
 それらを手掛かりにして、少しでもましな未来を選択することができる。
 そして、未知なるものへの可能性に挑戦できるアニマルスピリットも発揮できれば、
 混迷を深める未来も、我々人間自身で切り開いていける。
 そういう希望を持つ力が人間にはあるんだよ、と言われているような気がしました。

○最終章「不確実性への挑戦」
 さて、そのような人の心に左右される、不確実な未来へ我々はどう挑戦していくべきか。

 スティグリッツ氏は安田氏からのインタビューで
 「30~40年後にはどんな経済を実現したいか…
  日本には非常に偉大な知性がいましたね、私の先生である宇沢弘文です」

 「彼は市場における社会資本の役割を教えてくれた。
  彼はアメリカの経済学で大成功した最初の日本人でありながら、
  アメリカ式資本主義の限界にも気づいていた」

 宇沢は世界に名を知られる経済学の巨人だった
 数理経済学を追求した結果、
 彼は人間のための経済にたどり着いた
 (主流派経済学を極めつつ同時に批判し、
  自動車の社会的費用、環境問題などを世に問う、
  …と書かれていました)

 生前の宇沢氏へのインタビューでは
 「20世紀を通じて追求してきて、
  豊かさというのはまやかしの豊かさだった」
 「本当の豊かさは、一人一人の人間の心が豊かに、
  一人一人が生き生きと豊かに生きていくこと」

 その思想の果てに、彼が提唱したのは「社会的共通資本」という概念で
 「「自然環境」「インフラ」「制度資本」が要素としてあり
  これらに属する全てのものは、
  国家的に管理されたり
  利潤追求の対象として市場の原理に委ねてはならない」

 利潤の原理のみで動こうとする資本主義の中に、公共の壁を作ろう、という理論。
 水、森、大気など、
 いきとしいけるものへの大地の恵みに対して、
 誰も所有権は主張できないはずだ、と

 「彼がアメリカを去った一つの理由は、
  子供たちにあのような環境で育ってほしくなかったからだ。
  それはそれで日本文化らしい。
  これからの課題は、どのように今それを21世紀に適用させるかだ」

 宇沢の提案はどう生かすべきか。
 一つのヒントとして彼はこのように言う。
 「日本が挑戦すべき大きな課題の一つは高齢化だ、
  医療用の診断ツールの開発は、重要な産業になりえる。
  そうした解決するための卓越した技術が日本にはある。
  それが日本を助けることにもなるし、一度開発したら輸出もできる。
  どの国も高齢化はやって来るから、
  日本はこの競争の先をいっているといえる」

 他の知識人も、日本、世界への提言をして締めくくりに向かう。

 アタリ氏は、変化を受け入れつつ、未来にとって良い暮らしを目指すべきだ、と話す。
 「極右も極左も、「純粋さ」を追求しているだけだ。異なる種類の純粋さをね。
  それは「失われた楽園」だ。
  未来には純粋さはない、変化するからだ。
  一秒後には身の回りの誰かが死ぬかもしれない不確実な世界です。
  直感的に理解はしにくいかもしれないが、
  まだ見ぬ世代がが豊かな暮らしを送れるようにすることは、私たちに大きな利益をもたらすのだ」

 森田氏は、複雑な社会にこそ日本人の感性が生かされるのではないか、と話す
 「社会は複雑なもの、有機的な関わりで成立しているもの。
  トップダウンでこういう社会になれ、といって法律を作ればできるなるものではない。
  日本の緻密さと繊細さであるとかを、
  もっと社会を作ることに生かしていくと、
  世界の先進国のフロントランナーになりうる。
  そういう国民かなと思います」

 ファーガソン氏は
 「複雑で不確実な世界を生きていることを受け入れることは難しい、そういう人は少ない」

 岩井克人氏は
 「私自身が考えられない事態が起きている。
  全て自由思想でいいんだ、という世の中の考え方に対して
  自由を守るためには、自由思想から決別しなきゃいけない。
  それは私が今、声を大にして言わなきゃいけないことです」

 一秒後も不確実な未来、
 でもだからこそ恐れずにジャンプする、
 でも忘れないでおこう、欲望は青い鳥だ、
 捕まえてもすぐ飛んでいってしまう青い鳥だということを…

 というナレーションで終わっていました

○感想など
MMT理論や金融緩和策がなされているが、
 どうやら経済政策だけでは限界があるようだ、
 世の中はもっと複雑で不確実で、理論だけでは対処できない。
 もっといろんな要素を考えねばならない…

 というようなメッセージは感じました。

 でもじゃあ何を手掛かりにすべきか?というのはモヤっとしているかな、とも…
 まだだれにも分からないことなのでしょうけど。。

 個人的には、経済学を極めた果てに、哲学的になっていった宇沢弘文の思想に
 何か未来があるように感じました。

 スティグリッツさんは、彼の思想から、
 「医療産業により貢献する」という日本の未来を一つ提示していたけど、
 私自身は、それはやはり今までの資本主義の枠組みの中での発想であって、
 もう少し違う資本主義を志向する動きがあってもいいのかな、と感じました。

 というのは、宇沢は「社会的共通資本」という考え方を提供している。
 人々のつながりとか、地球の環境、インフラや情報など
 市場の原理に委ねてはいけないような、見えない価値のあるもの、というのは
 確かにこの世には存在する、と私も思う。
 それらを市場の原理だけにゆだねてしまうのではなくて、
 みんなで話し合いつつ共同管理して、大事に未来に残していく、という仕組みは必要だな、と…
 
 いいものを作る駆動力としての競争は必要だけど、
 競争だけに委ねるわけでもない社会、
 ポスト資本主義的な社会を考えていかねばならないのかな、と思います。

 そうなると、資本主義も経済理論だけではなくて
 ヒューマニズム、哲学も取り入れていかねばならないのではないか、と思う。
 
 今回後半部分で議論されているように、
 経済とは人間の心理とか善悪や欲望などが駆動するもの、
 だとすれば、人間についての学問なしには、
 資本主義の今後を考えることはできない、と感じる。

 今回紹介されている岩井克人氏の話は、
 去年夏ごろに放送された「欲望の貨幣論」からのものですが
 その番組では、アリストテレスやカントの思想も紹介していました…。

 岩井氏もおっしゃる通り、「人権」「個人の自由」を考えていかねばならない。
 それらを抜きにした経済理論で動く世界は、
 機械や機械を動かす人たちだけにとって幸せな世界になってしまう、
 そんな気がします。
 (ですので、できれば宇沢氏の話をもう少しやってほしかったなあ、と個人的には思う…)

 宇沢氏が提唱していた「社会的共通資本」と似たような「コモンズ」という概念に関する本も
 年末から読んでいるので、また時間があったら記事にしたいと思っています。
 
・それから、後半の森田長太郎氏の
 「サイレントマジョリティ」についての発言が少し気になりました。

 本当は、政府がとる政策の結果が良かったかどうか、
 良かったとしても悪かったとしても、それは政策のおかげか、たまたま運が良かったのか、
 評価は非常に難しい性質のもの、だと思う。

 でも国民としては、結果が悪ければ政府が悪い、と思ってしまいがちで、
 いいように聞こえる政策を支持してしまう。
 そういうのが積もり積もって、ポピュリズムに流れてしまうのかなあ、と…

 大局的に見てこれがいいんだ、と気骨をもって言える官僚とか政治家、
 それを支持する大衆、という構図ができるといいのかな、と思う。
 そのためには我々庶民も、自分で勉強して自分の頭で
 この不確定な世の中をどうしていくべきか、
 自分の問題として考えていかねばならないのかな、と思いました。

 もしくは、日本ってあんまり社会から政治を変えていく、という伝統が無いので、
 江戸時代みたいに、
 政府には外交とか対外的なところを要所要所で抑えてもらって、
 庶民は庶民である程度経済活動が自由に許されている…みたいな社会が
 日本にはちょうどいいのかなあ、とも思うけど…

 いろいろ考えさせられました。

 というわけで今回はこの辺で。