びぼうぶろぐ。

基本的に自分の備忘録のためですが、同時にどなたかのお役に立てればと思いながら書いています。

NHKBS1「欲望の資本主義 特別編 欲望の貨幣論2019」(後編)

NHKBS1「欲望の資本主義 特別編 欲望の貨幣論2019」(後編)

「欲望の資本主義」スピンオフ番組の貨幣論、後半です。

後半の最初は、今回の主役、岩井克人さんの言葉から始まる。
 「貨幣は自己循環論法によって、価値が支えられている」

 「制約が無くなった現代社会は自己崩壊する、
  不純物のない市場経済は崩壊する危機がある」

その次に紹介されたのは、今までこのシリーズで登場しなかった意外な偉人の話でした。
「第6章 古代の男が見抜いたパラドックス
 2300年以上の昔、貨幣の不思議に気づいたのが
 アリストテレスだそうです
 紀元前までさかのぼるのね…。

 岩井さんは
 「古代ギリシャは、長いこと相互交換社会(貨幣のない社会)と思われていた」

 しかし最近の研究では、
 アテネなど大都市ができてからは
 貨幣経済だったことが明らかになっているらしい

 岩井さんによれば
 アテネのような大きな共同体では
 いろんな人が共存しなくてはいけない、
 「そのために共通の尺度が絶対に必要だ、とアリストテレスは考えた」

 「ニコマコス倫理学」では
 「貨幣は人と人との違いを超えて、共同関係を可能にする」
 「交易されるものを比較し、その差を量として計ることもできる」
 と書いているそうです

 岩井さんは貨幣がアテネに民主主義をもたらした、という。
 「それ以前の共同体は、様々な束縛のなかで生きていた、
  そのなかでは内と外があり
  内の社会ではお互いに顔を知っている」
 
 「しかし貨幣は、人間を共同体の束縛から逃れさせる
  貨幣さえ持てば、独立した人格を保てる」

 マルクスの有名な言葉に
  「貨幣は主人を持たない」
  「貨幣は急進的な平等主義者」とあるそうで

 「貨幣は人間を共同体の規制から外せる、
  貨幣さえ持てば、人は独立して生活を営める。
  それが一種の民主主義、
  一人一人が票を持った市民の自由なんですね」

 つまり個人に自由をもたらしたのが貨幣だった、と。

 アリストテレスはまた、この自由のはらむ危険についても指摘している
 「貨幣による財獲得から生まれる富は際限がない、
  なぜならば、その目的を可能な限り最大化しようと欲するからだ。
  生きる欲望に果てはないのだから、
  彼らは満たされない際限のない財を欲することになる」
  (「政治学」)

 岩井さんは
 「お金さえあれば、世の中全てのものを変える可能性を与えてくれる。
  貨幣は人間に可能性を与えてくれる存在なんですね。
  可能性は限りがないので、人間に無限の欲望を引き出す。
  これを最初に指摘したのがアリストテレス

 貨幣が人間の欲望を引き出してしまうと、どうなるか。
 「本来手段だった貨幣が、
  可能性を与えてくれるものとして目的化し、
  目的と手段が逆転し
  無限の蓄積を産んでしまう」

 お金は、人間が欲する自由、可能性を与えてくれるので
 お金をためることが目的化してしまう、と…

 「貨幣は元々交換のための手段、
  しかし次第にそれをためること自体が目的化する」
  (「政治学」)

 岩井さん
 「「無限の蓄積を産み出すと、必ず共同体の秩序を壊してしまう」
  この洞察は、ある意味人類最大の洞察です。
  無限の欲望に取りつかれた存在は
  当然、自分が生まれた共同体の規範や秩序を壊す」

 「ある意味人類がお金を初めて使った、
  貨幣が近代を産み出したが
  それが近代にとっての脅威として現れる」

 貨幣が人々に平等、自由、可能性を与えてくれた。
 だからこそ人々の欲望の対象となってしまう。
 共同体、社会すらも破壊するようになる…

さて、次はその欲望に免罪符を与えた、アダム・スミスの話です
「第7章 経済学の父の過ち?」
 チェコの経済学者、セドラチェクさんは「2017」で
 (この辺は未放送の分?)
 「経済学の基本的な考えだが、
  二国間で貿易を行うときは
  異なる二国間であることが必要」

 「もしあなたと私が同じ人間なら、交換するものは何もない。
  お互い何を言ってもagreeというだけだ、
  初めはそれで満足するかもしれないが、
  2分もたてば自分の影か鏡と話をしている気分になるだろう」

 「理想的な交易は、全く異なる二国間で行うこと。
  私の欲しいものをあなたが持っていて、
  あなたがなし得ないことを私ができる」

 「それが基本的な経済の重力です、異なる2つのものを引き合わせる」

 「私に言わせれば、2つの国を繋ぐものは愛ではなく経済だ。
  60年代、ヒッピーは「戦争ではなく愛し合おう」と行っていた。
  これは理想的だが、あまりにナイーブすぎる。
  本当は「戦争より貿易しよう」だ、
  EUの最初の目的です」

 貿易、経済が国を結びつける。
 しかし、イギリスはEU離脱を決め、そのイギリスでは世論が真っ二つに分かれている
 1つの通貨による国同士の連合は崩壊するのか…

 ここで登場するのが、経済学の父、アダム・スミス
 「国富論」(1776)
 人々が利益を求めれば、見えざる手に導かれ、社会全体の富が達成される、と唱え
 資本の自由、交易の自由に免罪符を与えた

 岩井さんは
 「アダム・スミスは、貨幣については深く思考していない。
  どちらかというと実物を重視した。
  アダム・スミスにとっては貨幣は中立なもので、
  潤滑油のようなものと捉えていた」

 アダム・スミスは貨幣について
 「貨幣はモノを買うこと以外には何の役にも立たない、
  貨幣の力を証明しようとするのはバカげている」
 と書いている
 つまり、貨幣が持つ、欲望を誘引する力を考えていなかったフシがある。

 岩井さんは
 「私は、スミスについては尊敬もしているが
  貨幣に関する思考を止めてしまったので、
  自由放任主義思想的な理論を打ち立てることができた、と思っている」

 彼は貨幣のはらむ欲望について気づかなかったのか、あえて無視したのか…

 (この辺はナレーション)
  アダム・スミスの理論で
  会社は利益、国家はGDPという数字を追いかけるようになる、
  80年代に入り、モノから情報に付加価値が移ったのに
  皮肉なことに新自由主義が起こり、資本の自由に脚光が浴びた

  市場の自由な競争に委ねる論理は
  フリードリヒ・ハイエクの理論により支えられたといわれる

  スミスとハイエクは、市場は自由のためにこそある、と考えていた
  しかし数字のゲームが人々の心をとらえ、翻弄していくことは予期していなかった…

  絶え間ない数字の競争は
  社会主義の崩壊により拍車がかかる
  資本はグローバル化し、貨幣のみが勝利する

  欲望のバブルは2008年にはじける

 ジョセフ・スティグリッツさんは「2017」でこう言う
 「アダム・スミスには間違っていたことがあった」

  スミスのいた18世紀の社会は、本格的に資本主義が始動していなかった、
  だから彼は現代の経済の姿は予想出来なかった、
  彼が資本主義の行く末まで理解していたわけではない、と。

 そして、
  2008年のリーマンショックの手前まで
  経済学者はアダム・スミスに頼りすぎ
  市場の自己調整機能があるからバブルは心配するな、
  と喧伝していた罪がある、と話す。

 「自己利益の追求、
  経済学者が「インセンティブ」と呼ぶものは
  たしかに現代の市場経済では中心にあるものかもしれない」

 しかし彼は言う、
 「見えざる手はいつも見えない、
  そんなものは存在していなかった」

そのような資本主義の不安定さ、
自由放任主義の欠陥を見抜き、指摘したのがケインズ
岩井さんは
ケインズは正に、アリストテレスの再来だと思います」

第8章「美人投票」が生む偶像
 岩井さんは
 「ケインズは株式市場の投機がなぜ不安定なのかについて
  株式市場は「美人投票のようだ」と言った」

 イギリスの紙面で1936年の「一般理論」の中で
 イギリス紙上に60人の女性の顔写真を掲載した記述があるようですが
 この美人コンテストにはヒネリがある
 「最も美人だと思う人に投票をしてください、
  ただし、賞金は最も票を集めた女性に投票した人に差し上げます」

 この結果どうなるかは
 「2017」でセドラチェクさんが解説していて
 「自分はほかの人の投票先を予想して、
  他人はほかの誰かの投票先を予想して、…の無限ゲーム、
  つまり自分の好みを選んでいるわけではない」

 ここには多くの意味があり
 ・株式市場もこれと同じ、
  そこでは自分の好きな会社ではなく、沢山の人が好きであろう会社に投資する
 ・誰の好みでもない女性が選ばれる
 ・このとき、審査員はこれが好きだろう、という「固定観念」を用いる

 「固定観念はこだましていき
  誰の好みでもない女性が選ばれてももう誰止められない」と。

 岩井さんは
 「ケインズは、貨幣は資本主義では必要だが、
  様々な資本主義の問題を起こすと言った」

 「ケインズが描こうとしていたのは
  投機市場というのは、
  非合理的な人間かいるから不安定になるのではない、全く逆だ、と。
  人々は合理的に行動している、
  他人の心を読もうとする意味では合理的に行動している。
  それが逆に不安定さを生むと言っている」

 「これは自由放任思想に対する根源的な批判です。
  合理性が不安定性を生む」

 その問題は現代にも増幅されていて
 「AIがほかのAIと競争して価格が形成されて、
  今モノの価格がすごく乱高下している。
  AIはある意味、人間の合理性を越えた合理性を持つ人たち」

 「ケインズ美人投票の理論は、正に現代に起きている。
  ネット上で起きていること全てに通じている。
  それは美人投票の茶番で
  「いいね!」が集まれば人々の評判になっていく、
  これはある面で最も不安定です。
  勝ち馬に乗ってたら勝つだけの話で、
  「いいね!」が集まる根拠はない」

 うーん、なんかここは深い話だなと思う。
 理性的、合理的などと我々は言うが
 合理的だ、と思い込んでいるだけで
 実は人の行動は、もっと感情に左右された、
 曖昧なものなのかも…

 特に、相手の気持ちや周りの空気を読むなどという作業は、
 もともと合理的でない人間の気持ちを推測するわけだから
 本当に合理的に考えちゃったら不可能で、
 その証拠に、AIは人の心が読めない。

 合理的に行動しているつもりでできていない、
 それは感情を持つ人間の根源的な性質なのかもしれない。

第9章 テクノロジーは数字の夢を見るのか?
 スティグリッツさんは「2017」で
 「市場とは、ある日誕生したのではなく、進化し続けてきたものだ」という

  彼によれば昔の市場はとてもシンプルだが
  「産業革命」が大変革をもたらした、という

 「人々のマインドセットを変化させた、
  科学的方法論により生産効率を上げ、生産方法を変えた」
 つまり産業革命が、市場を複雑化させた、と。

 しかし岩井さんはこれとは別の意見で、
 「技術の進歩と消費との関係は、
  蒸気機関ができたから産業革命が起き
  それで産業資本主義が生まれた、と言われる
  しかし私は因果関係は逆だと思う」

 「資本主義はもはや、重厚長大の機械制工場を利潤の源泉としない時代。
  資本主義は、収入から票を引いた引き算により計算される「利潤」を求める。
  収入が費用を上回るという引き算に差がありさえすれば、
  そこにお金を投資すべき、となる」

 「何でもいいから違いを作ることが資本主義の行動基準で、
  何しろ違いを作る。
  つまり、新しい技術を作るということは、
  費用を下げることで差異を生む、ということ。
  新しい技術革新を生むことは、
  それ自体、結果的に資本主義の無限の利潤を追求する
  プロセスの中に組み込まれている、ということ」

 利潤、差異を生むために産業革命が起きた、と。

 「2018」でマルクス・ガブリエルさんも似たような話をしていました
 「資本主義は何処までも拡大し続ける性質だからね」
 「「has to」(~でなければならない)だ、
  資本主義は成功という概念の上に成り立っているシステム、
  成功は非常に重要だ」

  …そしてひとたび成功するとしても
   その後も成功者であり続けるには
   新しいことをし、
   成功し続けなければ自己を維持できない、と。

  そのために
 「見えていなかったものに目をつける、
  新たに存在を見つけ、価格をつける
  それが資本主義の特性だ」と。
 なんでもいいから値段を付けられる、新しい差異を探しつづけなければならない。

 ガブリエルさんは資本主義について
 「商品生産に伴う活動全体」と定義するが
 現代の資本主義は
 「商品の生産そのもの」 になっている、という

 「そもそも生産する(produce)とは
  前に(pro)持ってくる(duce)だ。
  つまり商品の生産とは、
  言わばモノを見せるショウなのだ」

 値段の付く物や差異を見せるショウと化しているのが最近の資本主義。
 そして、そのバーチャルなショウを演出しているのが
 GAFAGoogleAppleFacebookAmazon)と呼ばれるプラットフォーム会社。
 
第10章 外部を消費し尽くした先に
 ニューヨーク大学のスコット・ギャロウェイさん
 彼はGAFAを批判する本を書いている

 「2019」でもGAFAを批判していて
 「彼らがあまりに強大になったことは、
  今の経済の深い病を意味する」と話す。

 彼はGAFA時価総額はドイツのGDPに匹敵する、といい
 「ヨーロッパても日本でもアメリカでも
  もはや人間性は賛美されない、
  その代わり英雄として賛美されるのはテクノロジーの億万長者」

 「利益が彼らの目的で
  彼らは我々の老後の面倒も見てくれないし、
  我々がどう感じるかも関心がない」

 彼らの覇権を「技術による独裁」とも表現し
 「巨大になりすぎた醜さもある」
 「ビッグデータの売り上げと中産階級の賃金は正反対を示している」
 「ビッグテックの利益が増えるほど、
  中産階級の賃金は横ばいか減少する」

 「勝者が一人勝ちする経済ができはじめている、
  何万人の億万長者と一人の一兆長者、
  私たちが望んでいるのはどっちだ?
  アメリカ社会は300万人の地主のために、3.5億人の奴隷が仕えているようなものだ、
  それは我々が生きたい社会なのか?」
 と痛烈に批判する

 岩井さんは今の資本主義の問題について
 「私のやっている研究では、
  不純物のない市場経済は常に崩壊する危険がある、と考える」

 今の資本主義は、アリストテレスのいた古代ギリシャの資本主義と何が違うか?

 「(今の社会は)資本主義が普遍化して
  資本主義は点が線となって貿易となり
  線が面となってグローバル化している」

 「今我々が直面している資本主義は
  グローバル化して、もはや外部がなくなってしまった」

 貨幣の増殖がますます増加し、
 ますます自由になり、ますます世界が広がり…
 「純粋な資本主義になってしまった。
  資本主義は基本、それ自身で自己完結し得ない。
  従来の資本主義では
  古代ギリシャは地中海やインド洋など、
  常に外があって不純物があった、
  それにより資本主義の持っているいろんな問題がチェックされた」

 「しかし今は資本主義が純粋化されることで
  資本主義の持っている本来的な不安定、破壊性が
  全面的に出てきてしまった」

 「貨幣は無限に蓄積される。
  しかも無限に人間に自由を与える。
  自由を与えるということは、必ず格差ができる、
  格差というのは、成功する人もいる、失敗する人もいる…
  貨幣ができた世界は
  人々を金持ちから貧乏人までランク付けしてしまう」

 「この、資本主義の不平等…
  資本主義の自由に必然的に結び付く、不平等や金融危機や環境破壊だとかが
  地球を覆うようになってしまって、制御できなくなってしまった」

 「それに対して、民主主義の側の国家が弱くなってしまった、
  法の支配が十分効かなくなって
  従来の自由と民主主義のバランスが大きく崩れてしまった」

 (…「かつて外部があった時代」は比喩なので、具体的に何を指しているのかが分かりにくいが
  私なりに考えますと

  たとえばアテネ奴隷制度や
  大航海時代のヨーロッパによる植民地支配などは、資本主義の歪んだ形。

  この時代の資本主義は、搾取される人たちの存在で維持されていたが
  搾取される人たち(奴隷や植民地の人)が資本主義世界の外部にいたから、
  その存在は顕在化したともいえる。

  逆に今は、搾取される人たちは内部にはいるけど、
  自由とか競争の結果の自己責任、
  という名の元に置き去りにされている。

  また、社会主義
  資本主義において、貧しい人、社会的弱者など、
  競争に入れない、生き残れない人たちへの生活保障が
  なおざりにされていることへのアンチテーゼとして生まれたわけで、

  逆に言えば、社会主義が生まれたからこそ、
  資本主義での社会保障の問題が顕在化したとも言える。
  だから当時の資本主義(戦後~60年代)では
  金持ちへの課税を増やすなどの政策も取られた。

  しかし、今はトリクルダウン理論(金持ちが儲かれば結果的に貧乏人も潤うはず、という理論)の元に、
  金持ちへの課税が減らされ、ますます貧富の差は拡大している。

  つまり問題は内在化して見えにくくなっている

  さらに、お金を持つ人が、政治家への献金を通じ、政治力も持つようになっている。
  彼らに有利な税制しか残らなくなっていて、
  法の平等も脅かされつつある…

 この辺の話は、「2018」でガブリエルさんとセドラチェクさんが議論していた「悪」の本質
 つまり哲学者シェリングが言う
 「システムが自己を維持し続けるためには
  他を排除し続けなければならない。
  システムの拡大の果てに外部が無くなったら、
  内部に異質なものを作り、排除し続けなければならない。
  …それが悪の本質である」
 という話を少し思い出しました。
 資本主義も拡大し続け、外部が無くなったとたん
 内なる敵というか、
 排除される人たち、虐げられる人たちを内部に生み出している…)

ここで、新しい視点が登場する。
歴史家ユヴァル・ノア・ハラリさん
 「通貨のない資本主義を想像してください」

第11章 「差異」果ての光景
 ハラリさんは「2019」で(たぶんカットされた分?)
 「資本主義は合理的で効率的、コストをカットするシステムです、
  だが人々の欲望はそうではない。
  顧客の欲望はもっともっと非効率で贅沢です」

 「資本主義のシステムは、必ずしも人々の幸福を増やすわけではない。
  なぜなら人間の満足度は、所有や達成の量に比例するわけではない、
  これは資本主義の問題ではなく、人間性に関わる問題です」

 「歴史的に人間の欲望は、絶え間なく続く膨張しか見られない。
  欲望を満たせばそれで終わりではなく、果てしなく次が続く…」

 「それが人類の歴史の原動力となってきた、
  そのお陰で私たちが石器時代と比べて
  何千倍もの大きな力を得ている」

 「たしかに人間は強くなったが、
  もっともっと欲しがり、満足しているわけではない」

 資本主義は、欲望を増大させたが
 その欲望はいつまでたっても満たされることはない、
 というか満たされないからこそ、人間は進歩してきたんだ、と。

 一方アメリカの経済学者スティグリッツさんは、
 資本主義は欲望だけではドライブできない、という
 「「お金は資本主義の源泉」と人々は言うが、
  私が思うに資本主義がきちんと機能する理由は
  お金に動機付けされない人々の存在があるからだ」

 「究極の皮肉は、
  資本主義は人のお金の追求により支えられているのに
  それだけでは前進しないということだ」

 「資本主義に必要なのは新しいアイデアを発明して、それを試したり、やり方を考えたり
  社会貢献しない資本家を追求したり
  社会に危害を及ぼすような銀行家たちを是正するために働く人たちだ、
  彼らはお金のために戦っているわけではない」

 …ハラリさん、スティグリッツさんによれば
 ・欲望は破壊的なだけでなく、人間の進歩も促す創造的なものでもある
 ・資本主義は欲望だけでもない

 つまり資本主義にはいい面もありそうです。
 となるとますますわけが分からなくなるが

 ハラリさんは資本主義が崩壊した世界も予想する
 「未来の経済では、通貨は消えてしまうかもしれない」

 「今後数十年の間に、
  ドルや円やユーロなど、従来の貨幣の重要性は低くなっていくはずです。
  なぜなら、通貨よりもトランザクション(データ)に基づく売買の比重が
  高くなっていく可能性があるからです」

 「私たちの社会は、長い間リンゴの代わりに10円を渡す貨幣経済だった、
  つまり通貨を介した取引だった。
  政府も、通貨で税金を取っていた」

 「しかし今世紀には、多くの取引が通貨ではなく
  データの取引となる可能性がある、
  対価としてデータを交換しあうような経済になるかもしれない」

 「だからお金ではなく、
  データを前提とした新しい経済制度を設計しなければならない」

 世界を制するのは貨幣よりデータなのか?

 岩井さんも、資本主義の果ての「評価経済」の到来を予想し、彼はそれを危惧する
 「私たちは本来ならば自分で自分達の目的を設定できる、
  我々に自由があるはずの内面を
  GAFAはいつのまにか浸透してきている」

 「私たちは、自分で自分の目的を決定できる尊厳を持っているように思うが、
  GAFAはそれをマニピュレイト(操作)している可能性が出来ている、
  インターネットの社会において、これは最も怖いことの1つです」

 「評価経済とか、いわゆる信用経済が貨幣のない経済を産み出す、という主張があるが、
  私は評価経済は最も恐ろしいディストピアだと思う。
  つまり私たちの行動が全て評価されるのは、
  ある意味でジョージ・オーウェルの世界です、
  いま中国社会が向かっている監視経済は、まさにジョージ・オーウェルの世界」

 ジョージ・オーウェルは小説「1984」で
 ビッグブラザーと支配階級による監視社会を描いている
 そこでは言論の自由は無く、
 監視システムで常に見られている社会…
 評価経済はそれを具現化している?

 岩井さんは続ける。
 「ブロックチェーンの技術を使って、人々の取引、行動すべてを記録している、
  しかもそれによって人を評価しようとする 
  …それは悪夢です。」

 「評価経済になると、
  人々は評価に対して点数をあげようと、競争を始める。
  点数をあげるのに一番いいのは他人をスパイして、他人を悪いと密告すること…。
  ある意味ゼロサムゲームです」

 「問題は、評価すれば、必ず半分は平均以下になる。
  みんなが平均から上がろうとするプロセスは、
  際限ない評価の競争になる」

 人間性すら評価されるとしたら…

 (とナレーションでは言ってますが

  私が一番こわいと思うのは、
  その評価社会を、ネットの利用者が喜んで選んでいるフシがある、ということ。
  評価される人は、ビッグブラザーに敵対してるわけじゃないんですよね。
  「素敵な私を見て!」
  「もっと評価して!」
  「いいね!がもっとほしい、お金を出してでもほしい」と、
  むしろ好んで見られたがっている。

  プラットフォーマーからすれば、
  みんながやりたがるから提供するんだ、これこそ自由だという話になる
  どうしても無くてはならないサービスでもないのに、
  利用に駆り立てられるというのが怖い。

  中国の場合はもっと極端で
  評価に参加しないと、商品の売買にも参加させてやらないよ、となっているので
  自主的な参加の形を取りながら、
  ほぼ強制的なんですよね…)

最終章 欲望に拮抗する言葉
 この評価社会にどうやって太刀打ちするのか?
 岩井さんの処方箋は「尊厳」を守ること
 「どうやって人間の尊厳を守るか、
  まさに欲望の資本主義の時代に起きる最大の問題です」

 「貨幣を生んだ資本主義は非常に普遍的な存在で
  ほとんど引き算の問題でしかない
  この普遍性に対抗するには、やっぱり普遍的な原理が必要です、
  同情、共感、連帯、愛情などに依存しない普遍的な原理が…
  それを最もちゃんと考えたのは、イマヌエル・カント

 「カントがいうのは、人間とは尊厳を持っている、と」

 カント
 「すべての人間は、心の迷いと欲望を抱えているものであり
  これに関わるものは、すべて市場価格を持っている。
  それに対して、ある者がある目的をかなえようとするとき、
  相対的な価値である価格ではなく、
  内的な価値である「尊厳」を持つ」
 (「道徳形而上学言論」)

 「尊厳に、すべてを超越した高い地位を与える。
  尊厳は、価格と比べ、見積もることなど絶対にできない」
 (「道徳形而上学言論」)

 岩井さん
 「尊厳はほかのものに交換できない何か。
  カントは、物は価格を持っている、それは交換できるからで
  人間だけは交換できない、といった」

 「貨幣は人間を匿名にする、名無しの存在にする。
  これが貨幣の最も重要なところ」

 「匿名にするということは、
  (普段は匿名でない)人間が、
  ほかの人に評価されない領域を、自分でちゃんと持っているということ。
  それが人間の自由なんです」

 「自分自身の領域を持っていることが人間の自由だ、と思う。
  自分で自分の目的が決定できる存在(人間)は、
  その中に他の人間が入り込めない余地がある。
  それが、人間の尊厳の根源になるのです」

(ナレーション)
  共同体の呪縛から逃れ、自由を求めて貨幣を獲得した存在、人間。
  しかし幻想の貨幣愛がすべてを飲み込む。
  自由の足場である市場が、
  すべてを破壊しようとしているとしたら…
  貨幣はいつも、目的と手段を逆転させる…

 アリストテレスはこんな言葉を残している
 「いつわりの善からは、
  時がたつにつれて、いつか必ず本物の悪が現れる」

 欲望が、欲望を生む、欲望の資本主義。
 貨幣の重力から解放されるために
 貨幣のはらむパラドックスを見つめて…

○感想など
で、結局どーすんの?というもやもやが少し残ったが
私なりに色々考えてみました

・貨幣や資本主義、民主主義とは、
 人間の自由を拡大した、
 それまでの共同体のしがらみから個人を解放した、
 というアリストテレスの指摘が興味深かったです
 
 資本主義は現在、拡大しすぎて問題が色々出てきているが
 しがらみから解放されたい、自由でありたい、という人間の欲がある以上、
 必然的に必要とされるものなのかな、と感じる。

 先日読んだ「光の子、闇の子」という本では
 (民主主義や資本主義、共産主義が起きた理由、うまくいかなかった理由を
  人間の欲、善悪から考察した本) 

 人間には「自由、自己の拡大を求める欲」がある、とありました
 その欲望は、創造的な性質もあり、
 個人を血縁などの既存の共同体から解放し、社会や文化や芸術を作ってきた、と。
 一方で破壊的な性質もあり、
 自己の拡大欲が他人の拡大欲とぶつかることで秩序を乱してきた、と。
 
 そこで悲観的な人たちは
 個人の拡大欲を政府などの権力で抑え込むやり方を取ってきた(社会主義独裁制など)
 しかしそれは創造性も抑え込むことになってしまった、と。
 
 一方この拡大欲は理性で抑えられる、と楽観する人たちは
 個人の自由を放任してきた(自由資本主義など)が
 特定の権力を持つ個人が拡大しすぎ、格差や搾取などの問題を生み出してきた、と。

 だからこの創造性を抑えすぎないようにしつつ、
 破壊的な面を上手に抑制していくことが大事だ、と書いているのですが

 その話を今回当てはめてみると
 自由、自己の拡大の欲望がもたらす創造的な面というのは、
 ・アリストテレスのいう、個人の共同体からの解放、個人の独立
 ・それは資本主義、民主主義を作る
 ・カントのいう人間の尊厳にもつながる
 ・ハラリさんの指摘する、歴史上の人類の進歩
 ・スティグリッツさんの指摘する
  新しいアイデアの創造、
  強欲な銀行家を批判したり、社会貢献を資本家に求める精神 …など

 一方でこの自己拡大欲のもたらす破壊的な面は、
 ・アリストテレスのいう、共同体や秩序の破壊
 ・ケインズが指摘した、不況時に必要以上にお金を得ようとする行為
 (未来への不安、自分を維持したいという思い)。
 それから岩井さんのいうような、
 ・評価社会における、他人を蹴落としてまで平均以上でありたい欲、など…

 これらを眺めてみると
 単純に権力で個人の拡大欲を抑える、
 つまり資本主義に過剰な規制を与える、
 という処方箋は無理だし、ダメだろうと思う。
 個人が自由でありたい欲は止められないし
 その欲が生み出すものは果てしなく価値がある。
 個人を抑える権力自体が欲を持つ、という弊害もある。
 
 岩井さんは、「個人の尊厳を守る」という処方箋を出しておられて
 具体的にどうするの?というのが分かりにくいのですけど
 私の解釈では、

 「私の自由と共にあなたの自由も守る」

 ということかなと思いました
  
 例えば、評価社会、貨幣の無い社会を選びたいと思う人はそうすればいいが
 選ばない人の選択も尊重すること。
 (そういう意味で、評価社会を選ばねばならない中国は、よろしくないケースだと思う)

 資本主義が行き過ぎて、特定の個人(資本家)の権力が大きすぎて
 貧しい人や競争の敗者の自由が確保できないとなったら
 弱者や敗者を救済する手段も考えること。

 自由がない人が「自由をくれ」という手段を確保すること、…

 なかなか制度としては設計しにくいのかもしれないけど
 その辺は政府などが中立になって考えることも必要だし 
 競争の強者も、自分が勝てたのは負けた人がいるおかげだ、ということを思い出して
 考えねばならんことなのではないか、と思います

 というか、ダントツに勝ってばっかりって、そんなに楽しいか?と思う。
 勝者が一人勝ちするよりも
 貧しい人にも豊かになってもらって、
 どんどん物を買ってもらう方が、みんなにとっていいと思うんだけどね。
 
・ハラリさんは、「貨幣の無い時代が来るかも」という話をしていました。
 代わりにデータ貨幣が来る、と。

 私も貨幣の無い世界が来るのか、
 と少し考えてみたのですが
 私の今のところの結論では、
 貨幣は何らかの形で残るのではないか、と思います
 
 理由は三つほどあり、
 一つは前半でも話があったが
 人間は五感、身体を持つ生き物なので
 価値あるものに対する実感や体験を求める生き物だと思うからです。

 前半で、お金とは、みんなが信じていると思うから成り立つ幻想のようなもの、と言われていたが
 なぜみんなが信じられるかと言えば、お札なりコインなりの実体があったからだと思う。
 データ社会になり、お金の幻想性にみんなうすうす気づいてきたにしても
 実感できる形がないと、金融危機などの非常事態になれば自分が何も持っていないと感じ、
 一気に不安に陥るような気がするのです。

 誰かに支払い、もらう、そういう在り方は残るんじゃないかと思う。
 
 そしてもう一つは、データは実体がないがゆえに消える、ということ。
 もちろん今では中国など、電子マネーが普及しているが
 あれは危ういものかなあと個人的には思う。
 データがハッキングされたり、データが消えたらどうするのか。
 データ貨幣やばい、となってみんな手を引いたらどうするのか。
 そうするとデータ貨幣の価値は無くなってしまう。

 それからもう一つは、
 貨幣での支払いシステムははシンプルで分かりやすく、誰にとってもルールが平等なこと。
 データ貨幣の場合、システムを作るには複雑な知識が必要で
 構築する人、利用するだけの人で知識が違う。
 そのシステムが信頼できればいいが
 システムを作る側が、自分たちに有利なようにシステムを作ることだってできる。
 また、複雑ゆえにシステムに問題があった時、復旧に時間がかかるかもしれない。

 要するにシステムが複雑ゆえに不安定だし、
 まあこれは私が古い人間だからかもしれんが、実感がないから今一つ信頼しづらい。
 だから主流になるのか、疑問が残る。

 一番大事なのは、
 現金がいい、という人が現金を使えるように
 またデータマネーの方が早くていい、という人もそれが使えるように
 いろんな選択肢が残されている、
 選ぶ自由も確保されている、ということなのかな。

・資本主義や民主主義が何でこんなに長いこと生き残ってきたのか…
 それは、人間の自由、開放をもたらす手段だからだ、と感じました
 自由を求める、というのは根源的な欲求だと思う。
 だからこそ、今後も形やルールを少しずつ変えつつも
 これらのシステムは生き残っていくのではないか、とも感じました

 その中で、「人間に自由を与える」という本来の資本主義、民主主義の意義に立ち返りつつ
 さらに「人間は自由を許されれば、どこまでも自由を拡大したがる強欲な生き物だ」という認識もしつつ、
 貧者の自由も弱者の自由も保証する仕組みを
 今後担保し、保っていくことが大事だ、と思いました

 色々考えさせられました
 というわけで今回はこの辺で。